2015年11月10日火曜日

PBP2015 その12:使用前、使用後

  もう朝か、そろそろ出発しないと昨日tweetした15時ゴールに間に合わなくなっちゃう。
体は思った以上に疲れている。やはり冷たい床や椅子じゃ気持ちよく寝れず回復しないようだ。せめてシャワーくらい浴びたかった。

  風邪の諸症状はかなり緩和されてて、代わりにピンチなのはオシリ。汗ダクで不衛生なレーパンそのままで寝たため擦り傷から細菌が入ったのか、なにかボコボコして別の生物になろうとしている。
  これは痛い、綺麗な替えレーパンはルディアックにあったのに、抗生物質入り軟膏をバッグから移していればここまで酷くはならなかっただろうに。

  医務室で絆創膏を貰って張るという手もあったがそんなことには全く頭が回らずそのまま出発。日が出てきて暖かくなってきた。残り140km、もうこれゴールでいいだろう。あー走るの面倒だな。

  オシリも痛いしあまり頑張る気にもなれず(時間はたっぷりあるからね)、ダラダラと進むと狭い農道をブロックして前を走る農業車。
  んーちょっと後ろについて走るには遅いんだけど、抜いたら抜き返えされるのはダメよね、細かなアップダウンの登りで逃げ切れる自信は無いなあ。
後ろから来たHideさんがビューっと追い抜いて行った。MORTAGNEを出発する時に丁度到着してたっけ、日本人に会うのはルディアックぶり。

  暫く車の後ろをゆっくり。車が道から逸れてからもゆっくり。
後ろから来る集団に乗っかったり、千切れたり。とにかく体は疲れていて、もう惰性で走っている感じ。ボーっとしながら最後のPC、DREUX着。

  あと65km、今12時半近くだから15時ゴールは難しいかも。鎌野さんに連絡しようにもFreeWiFiは無し。今回のPBP、前回と比べてFreeWiFiが使えるPCが減ってるよな。
  このPCはパンが美味かったという記憶を思い出し、ゴール時間のことは忘れてしっかりと食事することにした。

  そのテーブルにある黄色の液体は。今から寝るわけないだろうし、あと65km走ってから飲めばいいんじゃなかろか。
  あ、2杯目も行きますか。こっちの人、結構飲んで走ってるよなあ…あと少しで貰い事故もヤだし、一緒になっても近寄らんとこ。

  このペースじゃここから3時間くらいかかるか。夜明けの中ゴールを目指した前回は日本人参加者がどんどん連結していって楽しかった。一人で走るのは退屈で疲れるな。
  そこに現れた救世主はSeattle Randonneurの2人。古いスチールの細身フレームにおなじみの青いジャージ。2人で先頭交代しながら集団をどんどん吸収していく。
  常にこの2人が前を引いてくれて他は後ろについていくのみ。やったーこれで予定の15時から30分遅れくらいでゴールできるかも。

  と調子良く走ってたらチェーントラブル。
鎌野家のタンデムはエンド幅が160mmというスーパー変態自転車、アウタートップで走っているときに段差がきて振動でチェーンがトップの外側に落ちてしまった。
ゴール後に鎌野さんに伝えたら認識はしているようで、トップとフレームの間に隙間がある以上どうにもならないみたい。

  今回チェーンがしっかり隙間に嵌ってしまってなかなか直らない。手でチェーンを掴みたいけど、この何もない農道に手を洗う場所なんてないしなあ。ボトルの水で流してもそんなに綺麗になるわけじゃないし、その後他人の自転車のバーテープを汚しちゃうのヤだし。
  木の棒や葉っぱを探して悪戦苦闘しながら手を汚さないようにチェーン復旧。後でフレームバッグの中を見たらアルコールペーパーが入ってた、む、これで手を拭けたのか。あーPCで寝る前にケツも拭けたのではないか。自分が何を持って走ってるのかすらもわかってなかった。

  シアトルの人から千切れた後は(彼らがどんどん吸収していったため)暫く空白状態。
前回ゴール前のラウンドアバウト、マイクでアナウンスしてたりして盛り上がってたな。埼玉の山口さんが他のチームと一緒にゴールしないように速度調整してたっけ。
  前後に誰も居ない今の状況は丁度いいぞ。ソロタンデムで目立つだろうし、もうラウンドアバウト何周もしちゃう。

  そう意気込んでいたのが、今回のゴール手前は公園の中、観客も殆ど無いままひっそりとゴール。なんだこれ、全然盛り上がってない!
  しかし15時着の連絡から1時間も遅れたのに鎌野家が待ち構えてくれていて、寂しいゴールにはならなかった。

  写真タイミングばっちり。

  最初に発した言葉は「ただいまー」だったかな、いや「ケツが、ケツが」だった気もする。
とにかくこれでミッション達成。ソロタンデム乗りとしての意地は見せられたか。

  ガビガビのケツ以外はどこも痛い所は無く、膝やアキレス腱、足の親指ダメージにヒーヒー言いながら走った前回よりもかなり楽なブルベだったように思う。
  あれ最初の400kmはオーバーペースでキツかったんだっけ?風邪引いて辛かったんだっけ?まあそんなことは忘れた。

  楽だった、なんて言いつつも、しっかり疲れているのは顔を見れば一目瞭然なわけで、

■使用前

■使用後

  いくら元からオッサン顔でもこりゃ酷いや。

  最後まで一気に走れなかったのは残念。夏にRAWで入院して以降調子は完全には回復してないし、睡眠障害っぽいのも続いていた中、復路のルディアックを寝ずに通過して安全に走れたかというと多分無理だった。それでも今年RAWを完走して来年RAAMだったら無理にでも続行してた(そして多分大変なことになっていた)と思う。
  今回のPBPは速く走るが目的ではあったのだけれど、体を壊さずに無事に帰るというのが鈴木家的に最大の使命であり、まあ仕方なかったかなと、言い訳にしかならんか。
  BがAに追いついたときのゴタゴタで集団から千切れてしまったのは実力不足、でもそこからは小集団を精力的に引けて、速度に関しては絶望的は差は無いのは実感できた。今回は三船さんが流石元プロの先頭集団ゴール。私ももうちょっと頑張らなきゃだね。

  消化試合のつまらないブルベになる所を鎌野家に拾われ本当に感謝してます。ありがとう。

2015年9月17日木曜日

PBP2015 その11:冷たい床、温かいオバチャン

  FougeresのPCを出て暫くは単独走。
タンデムに乗り換えた直後は「これグロス25km/hくらで帰れるんじゃない?」と思ったのだけれど、疲れは溜まってるわ、お尻は痛いわでそんなはずも無く。2,3人の集団に何度か抜かれるも着いて行く気も起きずに超ダラダラ。

  それでも10人程の集団が来た時はこれを逃してはいけないと後ろにくっつきコバンザメ。だってほら、タンデムでローテーションに加わるの危ないし~
  ああ平和だ。このままこの集団に乗っかってダラダラとゴールしよう。やっぱり4年前より牛増えてるよなあ、前回はバイオ燃料用のトウモロコシ畑がもっとあった気がする。やっぱモロコシよりウシだね、ああ平和だ。

  ところが登り坂で、大人しくしてればいいのにまた飛び出してしまう。先行している一人に追いつき二人でローテーション。
  「次のPCまであと何キロ?」とオッサン。GPSを見ると、えーとあと30kmくらいですかね、30km!そんなに2人で頑張らないと行けないの?ああ失敗したなあ、集団の後ろでヌクヌクと走りたかった。
  「No Slipstream!」と何故か怒られたりしながら(ソロタンデムだからね)このオッサンと2人旅。しかしこの人登り速いんだよね、ついていくの疲れるんだよ。

  PCまで残り5kmくらいの森の中で千切れて、いや牛の写真を撮りたくて停止して、一人Villainesへ。
  ここ、復路は往路とは違う街かと思うくらいの盛り上がり。PC前の道は観客で一杯、4年前もそうだったな、あまりの歓迎っぷりにビックリしたっけ。軽食を買って休憩。このPCは多分今回唯一のFreeWiFi接続ポイントで、現状とゴール予定時刻をTweet。今晩どこかで寝て、明日の15時くらいに到着かな。

  時刻は20時、暗くなるまであと1時間ほどある。まだ眠くないし、ここで仮眠してしまったら残りは220km、明日の夕方ゴールするには夜明け前から走り始めなければならない。明け方は寒くて今の風邪引き状態で走りたくない。
  ここの仮眠所は使わず次のMortagneまで行こう。あれ、Mortagneって寝る場所あったっけな?前回椅子で寝たのは短時間だったからかな?

  サドル先端をケツに突き刺す作戦はもう限界で、今度はサドルをかなり低くしてケツを左右に動かして痛い所をずらす作戦をとることにした。あと90km走れば寝れるし、そしたら尻の痛みも少し回復するだろうからなんとかゴールまでは持つだろう。
  道の脇で応援する観客とハイタッチをしながらVillainesを後にする。直ぐに日は落ち、暗闇と共に耐えがたい眠気がやってきた。Loudeacでしっかり寝たから大丈夫なんて考えてたのは甘くて、とにかく眠くて走れない。停車しては仮眠、停車しては仮眠、こうなるとブルベはキツい…

  そういえば前回もVillainesで埼玉チームと合流し、暗闇の中みんなでMortagneを目指したなあ。
  ギリギリ隊は後ろから無理に追い抜こうとする人がフラフラしていて怖かった。今回は草むらで寝ている人は見かけるが、フラフラ走っている人は居ない。
  前回と同じ場所、同じ夜といっても時間は24時間違い。やはりこのくらいのタイムで走る人は睡眠的にも無理をしておらず危なくなさそうだ。

  周りは安全そうとはいってもソロタンデム、車体の長さに気づかずに後ろから突っ込まれるのは不安だ。予定していた通り、夜は集団走行は控えるべきだろう。
  道端で仮眠して、後ろから来た数人のテールライトを見ながら少し離れた所を走るうちに遅れていき、道端で仮眠して、の繰り返し。数分眼を閉じればもう少し眠気は回復してもいいはずなんだけど、やはり体調がイマイチなのか。Loudeacで「寝ずに先に進む」という選択肢を選ばなくてよかった、この調子だとかなり危なかった。

  暗闇の中続く延々と続くアップダウン、代わり映えの無い景色、ああ、前回もPBPのコースはツマラナイってここで強く感じたんだ。コースの単調さも確かにあるけど、あれは夜中に眠気を感じながら走ってたからだろうな。
  ようやく目に入るMortagneの灯り。やった、これで朝までゆっくり寝れる。仮眠所は、やっぱり無いのね、まずは食事して床で寝よう。

  7時間は寝るからアルコール飲んでもいいよね、シードルが美味しそう、これいってしまえ。

  あ、そうそう、寝る前にもう一度風邪薬を貰っておこう。入口近くのFirstAidと書かれた張り紙の先へ。「風邪引いたんだけど薬無い?」やはりここでも英語は通じないか…
  しかし私には前回の処方がある、ブルベカードに書かれた謎の文字は多分薬、これを見せれば、ってやっぱりダメ。

  「薬、薬は…」奥のほうから私と同じくらいたどたどしい英語の女性が現れ、「ここに薬は無い、ここにいるのは医者だけだ」
  えっ?意味がわからない、ここの医者は薬無しで治すの?周りを見るとどうも外科メインっぽくて、風邪薬は無いってことなのかな。

  諦めて外に出ようとすると、何故か引き止められた。
コントロールのオジサンオバサンに何か話しかけている。どうやら個人的に風邪薬を持っていないか聞いてくれているようだ。
  「車の中にあるわ!」(多分そう言ってたはず)とブルベカードサイン係のオバチャン。この椅子に座って待ってて、取ってくるから。
  テーブルの向こうのコントロール係の席に座らされ、ブルベカードを手にチェックを求める参加者から「何故オマエがそこに座ってるんだ?」と怪訝な目を向けられながらオバチャンを待つ。
  ああ来た来た。なんですかこのプレイは、恥ずかしかったですよ。

  「ありがとうありがとう、サンキュー、メルシーボクー」感謝を伝えて薬を頂き、数人が仮眠している食堂の隅へ。
  横になって寝たんだけどやっぱり床は冷える。明け方に寒さで目が覚めてしまった後は、椅子を横に並べてとか、普通に座って机に顔を突っ伏してとか、気持ちよくない方法で浅い睡眠を繰り返すことになった。

  ドイツチームのカメラマン激写。こんな格好で寝たっけ?

  Villainesの仮眠所で寝ればもっとしっかり体を回復できただろうし、結果的にMortagneまで走ったのは失敗だったかな。

2015年9月15日火曜日

PBP2015 その10:合わないサドルは合わない

  Tinteniacまでは束の間の楽しい一時だった。
PCに入る前からちょっとした違和感と、これは恐らく大事になるだろうという予感が頭の中を巡っていた。

  「サドルが合わない」

  自転車に乗り始めてまず最初に悩むのは、大抵オシリの痛みだと思う。
  でも距離を乘って、自分なりのポジションや、段差で腰を浮かすことや、ペダルやハンドルへの重量の分散が出来てくるとそこまで重要な問題では無くなってくる。
  確かに合うサドルは合う。今使ってるSMPはクッション皆無でもヘンな漕ぎ方をしなければ相当な距離に耐えられる。でもまあ、450kmくらいならどんなサドルでも大丈夫じゃないかな。そうタカをくくっていた。

  それがわずか100kmもしないうちにこの違和感。これは想定外だ。
  まずパイロットが鎌野妻で、女性用サドルというのが良くない。しかもメーカーはスペシャライズド。ここは骨盤の広さでサドルの広さを合わせるべきと言っており(スペシャのサドルはあまり好きでは無いが)私が一番合うのは最も細身のサドル。しかしこれは女性用で超幅広だ。合うわけが無い。

  幅はともかく、穴あきの穴の位置が悪い。この穴のエッジと座骨とに挟まれケツの皮は悲鳴を上げる。
  大抵こういうサドルは、超後ろ乗りすればこの座骨で皮と肉を挟む問題からは解消される、でケツを思いっきり後ろに移動、するとこの幅が広すぎる問題にぶち当たってうまく漕げない。同じことが痛い。

  困った、どこに座ってもダメなサドルというのも久しぶりかもしれん。後ろの鎌野夫のサドルと交換したほうがいいかもと見ると、これもスペシャだ、しかも幅広のヤツだ…
  更にサドルバッグがシートポストとサドルレールで固定するタイプのもので、下手にサドルを交換してしっかり取り付けられなくなるとヤだなあと思った。あくまでこれは運搬任務。出来る限り現状維持のまま遂行したい。

  それでそのままTinteniacを出たんだけど、やっぱりもうダメ。ケツの皮が擦れてしまった。
  擦れた場合は透明な体液が出て、これがレーパンにくっついてまた痛いの。対応はキズパワーパッドを貼ること、もしくは傷から殺菌が入らないように抗生物質入り軟膏を塗ること。

  でサドルバッグを開けたら、中にはMY救急セット何も無し。ああ、自転車交換した時に置いてきてしまったのね。
  サドルの位置を調整しておきながら何故交換しなかったんだというのが一番の大ポカだが、救急セットを置いてきてしまったのもマズい。折角薬持ってきてて困った時には手元に無しかよ。

  さっきまであんなに楽しかったのに、サドル換えなかったせいで頭の中ケツで一杯。
  他人と走るのなんてとても無理で、何度かの停車の後、抜本的な改革を施すことにした。そう、このサドルの穴を埋めてしまえばいい。

  周りを見回して適度にフカフカして形を変えれるものを探す。キラーン。

  腹に入っていたパン登場。

  鎌野さんゴメンなさい、でも流石にこのままは詰めないです。
買い物袋に入れ、それごと穴に詰めて袋のビニールでサドルを覆い、上からビニールテープで巻いて、これで穴無しサドルの完成だー。ってビニールテープも無いの?これも預けてきちゃったの?
  もうちょっといろいろ考えてさあ、持ち物移し替えてから出発しようよ。アホすぎるだろう、せめてパンをグルグル巻くもの、紐のようなものがあれば、ハッ、監督代行を止めている輪行用ストラップが。

  んーこれはもしかして、パンではなくて監督を穴に詰めればいいのでは?

  じゃじゃーん。天才すぎる。これで穴エッジのダメージは無し。


  …なわきゃありませんでした。
サドルと監督では固さが違いすぎる。座ったら簡単に潰れきってしまってサドルベースの感覚はしっかりと尻に。恐らくパンでも同じ。

  それにこの牛、握るとピューピュー鳴くので、ケツを動かす度にピューピューと五月蠅い可哀想ったらありゃしない。
  前回のPBPでカウベル熊鈴をチリンチリン鳴らしっぱなしで集団内で怒られた日本人の話を思い出した。ロングライドは疲れてくると小さなことがストレスになる、この牛のピューピューも他人が聞いたら殺意が芽生えるレベル。

  素晴らしいアイデアかと思った監督下敷き作戦はたった数百mで終了。
  結局どうしたかというと、サドルを思いっきり高くして先端部分にケツを突き刺す感じで乘ることに決定。これだと座骨で挟んでる部分は痛くないからね。でもこんな乗り方は明らかに100km持たない。別の場所が痛くなったらまたその時に考えよう。

  ケツ突き刺し作戦で痛みは多少治まり(というかロキソニン飲んだんだっけ)、次のPC、Fougeres。

  PCを出て町の人の歓声を受けながら、「やっぱソロタンデムは声援の大きさが違うぜ」なんて手を振っていたらミスコースしてた。声援じゃなくて「そっちは違うー」って叫んでたのか。恥ずかしがりつつ引き返し。

  4年前や8年前のことって結構覚えてるもんだな。
この電柱は佐藤夫妻が寄り掛かって寝てたな、とか、

  この人たちの少し先ではガレージにマットを敷いて仮眠所提供してくれてたのに今回は無いのか、とか

  鳥みたいな形をした木が4年前と変わらず残ってる!とか

  いろいろ思い出しながら走ってた。
PBPのコース、単調でつまんないなんて良く言われるけどそんな事無いんじゃないかな。

  あ、4年前と違っていたこと。たぶん牛が増えてる。
  しかもこの謎柄のガラのワルそうな牛が増えてる。
こいつら遺伝的に強いのかもしれん、そんなのヤだー。

※下4枚はPBP2011の写真

2015年9月4日金曜日

PBP2015 その9:ソロタンデム乗りの名にかけて

  鎌野家タンデムに乘ってまず感じたのがQファクター(左右ペダル間の距離)の広さ。普段一杯まで狭くしている私にとってかなりの違和感。
 それからハンドル幅、もしかして420なのかな?これも広い気がする。タンデムはコントロール性の問題からか少し広めのハンドル幅がいいなんて話を聞いた事があり私も最初広めにしたんだけど、慣れてるほうが良くって戻した。クランク長の違いは気にならないかな。

 ハンドル幅がどうのよりも、ハンドル位置が全然違うためポジションも全然異なる。しかし思ってた程乗りにくく無い。いやこのタンデム、合ってないポジションを差し引いてもウチのタンデムより乗り易いかもしれない。
 違いは重量。タンデムに一人で乘る場合、ロードに荷物積んでリアをどんどん重くしていった時のようなダルさを感じる。自分の左右への動きとリアホイールの動きが一致せずワンテンポ遅れるからだが、この感じがウチのタンデムより少ない。んーこのタンデムいいなあ。

 気を付けないといけないのはブレーキ。普段と異なりこの自転車は左前。リアに殆ど加重がかかっていないため、ロードと同じ感覚でリアブレーキをかけるとロックしてタイヤが滑る。というかソロタンデムではリアはほぼ使わずにフロント頼り。ロードよりずっと前後を意識せねばならないので、左右が逆だと少し戸惑った。
 ルディアックを出て暫くは自転車に慣れるようにいろいろ試しながら走る。手を放したり、あ、ゴール前のラウンドアバウトを手を振りながら何周もしないといけないからね、ダンシングしたり。うん、まあ問題無いかな。体調もかなり回復していて、喉の痛みはあるものの鼻水垂れ流しでは無くなったし、頭痛も無い。

 カメラを構えた人の乗るバンが並んできた。あ、もしかしてこれオフィシャルの報道?「どうして一人で乘ってるの?」といった質問を受けるが、英語で話すのはホントにダメで全然答えられない。たどたどしく単語を繋いで、あーもういいや「説明難しいから日本語でいい?」(←これも日本語)そして有無を言わさず日本語で状況説明。
 もうちょっと英語で受け答えが出来るようにしておけばよかった。次に聞かれた時の為に頭の中で英文を用意。「リタイアした友達がタンデムは大きいので電車で運べなくて困っており、互いの自転車を交換して、私が彼らの自転車に乗ってパリまで、友達は私の自転車を持って電車で移動」うーんこんな感じでいいかな。簡単な英語でなんとか伝えられるか。一生懸命考えたのに、その後公式のインタビューを受けることは無かった…

 脚はほんと良く回る。ルディアックから20km、小さな町を通過した際に追い抜いた黒いジャージの人がついてきた。交わす言葉は無くともここからはこの人と一緒に走る。タンデムの後ろは空力的にあんまりメリットないでしょ、悪いね。
 何人かを抜くがこちらに混ざることはなくそのまま2人で1時間。と、後ろから9人の集団が来た。国籍はバラバラ、2列縦隊で9人全員がきちんとローテーションしてる。PBPでこういった統制がとれた小集団を見るのは珍しい、というか初めてかも。追い抜いた際に加わろうとする人がいると、きちんと回すように促してくる。これは速く、そして楽に走れそうだ。

 後ろにつき、皆と同じように先頭に上がっていくと集団内から笑い声が。まあそうだよな、いきなりタンデムが加わってくるし、乗ってるの一人だし。
 2周ほどすると集団を仕切っていると思われる陽気なピンクのスペイン人から「OK,OK」うーん回さなくていいよってことかな。私が加わって一人の労力が10/11になる利益は一台大きさの違う自転車が入るリスクに見合わないものなあ。私の後ろの人は「なんでオレタンデムの後ろよ…」って不満だろうし。
 ローテーションから外れて最後尾固定へ。参加したい気持ちはあるんだけどね、まあ後ろで楽させて貰いますね。

 Medreacを抜け、次のPC、Tinteniacまではあと15km。長めに続く上り坂にこれまで統制がとれていた集団が突如崩壊。ピンクのスペイン人が率先してブチ壊しているようで、残りあと少しだし暇つぶしにアタック入ってる?

 そういうことならと後ろから一気に加速。安全なタンデムお届け便が第一任務ではあるが、日本有数のソロタンデム乗りの名にかけて、こんな所で遅れを取るわけにはいかん!
 先頭を走るスペイン人に並ぶも「何故タンデムに並ばれてんだ」と悔しんだのか再加速。うー離されてしまう、少し届かないか…
 そこへ後ろから来たのは黒ジャージ、この集団に混ざる前に一緒に走ってた人だ。彼の後ろにつきピンクを追い上げ、そして抜く。ピンクは諦めたのか「アレアレー」の声援。そしてそのまま黒ジャージと一緒に登りのピークへ。

 「You are very strong」と黒ジャージ。ベリーストロング来たー。今回は「Thank you」と有り難く賛辞を受け取る。「後ろはどうしたんだ?」「友達がリタイアして」そんな会話をしながらTinteniacへ。
 台湾からの参加者に会い「馬さん知り合いなんだけど知ってる?」「馬拉妹?」「そうそう」

 今回のPBPは失敗に終わったようなものだ。そう考えていたルディアック。
それが一転してこんなに楽しいPBPになるとは。あー来て良かった。

2015年9月2日水曜日

PBP2015 その8:世界にはばたけソロタンデム

「あれ?鎌野さん、どうしたんですか?」
「あーリタイアしました」

  聞けば奥さんの胃の調子が悪くなって走れなくなってしまったそう。
  このPBP日本人リタイア原因第3位(想像)が胃腸問題。過去にそれで走れなくなった人を何人も見ている。
  今回私が最後まで走り続けるのを諦めたのも5%くらいは胃のせいだ。普段と環境の異なる海外でのロングライドは想像以上に胃に負担がかかる。

  鎌野家は大量の日本食持参という力技で相当な準備をしてたがダメだったようだ。日本食だけの問題ではなくコンビニが無い中走り続けるのは勝手が違うし、気候も違う。それに胃のダメージは強度に依存するところがあって、もしかしたら周りの熱気にやられて、それから貯金を少しでも得る為に、少し頑張り過ぎてしまったのかもしれない。

  奥さんは今はひとまず落ち着いてはいるようだ。
そして鎌野さんが困っていたのはタンデム。このデカいタンデムをどうやってサンカンタンに運ぶかという問題。
  TGVは自転車はOKでもタンデムはダメだと明記されている。分割出来るタンデムのため小さくすることは出来るが、専用のケース無しでダンボールや袋に突っ込んでの輪行だと結合部分の金具を痛めてしまう可能性があり、そうなるとフレームがダメになってしまう。と鎌野さん。

  海外で奥さんの調子が悪いだけでも大事なのに、タンデム運搬を考えないといけないなんて吐き気がするほど大変だ。国内ですら疲れて走れなくなった中、分割出来ない我が家のタンデムをその辺に捨てて帰ろうと思ったことが何度もある。

「乗っていきましょうか?」
軽い気持ちで聞いてみた。冗談とまでは行かないが、賛同されるとは思っていなかった。

少しの間、そして
「zucchaさんがいいのならソリューションとしてはアリかも…」

  えっ?まさかの好反応。
私は全然問題無いよ、一人でタンデムに乗るのは多分日本で一番慣れているし、ソロタンデムでPBPを走りたいなとも思っていた
  速く走ることを諦めて後はダラダラと走るツマラナイ帰路を想像していた中、こんな面白そうなイベントは無い。でも鎌野さんは大切なタンデムを私に任せてしまって本当にいいのだろうか?

  冷静に考えてみよう。この自転車は超高級品だ、何かあったら…
いや高級かどうかは関係無いか、人の自転車を無事にパリまで乗って帰る、それが私に出来るか?

・完走しても認定されない
  途中でホイール交換あたりなら確実に認められる。フレーム交換も多分大丈夫だ。しかしロードからタンデムに乗り換えるというのはアリなのだろうか?
  2人乗りになったらカテゴリーが違ってしまうからマズイかもしれないが、これは自転車を交換しただけ、大丈夫だろう。有利になることは何一つ無いし、フランス人そんなケツの穴小さくない(というか杜撰で気にしない)。仮に認定出なかったとしても別に構わないしね、私のPBP2015は失敗に終わったようなものだから。

・車にはねられる等の大きな事故に遭う
  最も考えたくないパターン。しかし自転車が全損になってしまえば保険が出る。海外の業者と時間をかけてやり取りし、フルオーダーで作った自転車を単なるお金で弁償していいかどうかという問題はあるが、まあこれを深く考えるのはヤメよう。

・睡眠不足でフラフラと走って前走者や路肩に突っ込む
  さっき8時間寝て起きたところ、睡眠はしっかりとれている。タンデムでの速度低下を考えても今晩どこかのPCでもう一泊するくらいの時間的余裕はある。これは問題無し。

・睡眠不足でフラフラと走っている後続に突っ込まれる
  一番気を付けなければいけないのはこれだ。自転車乗りは前走者の背中で距離感を掴むため、後ろに人がいないソロタンデムだと横から突っ込まれる可能性がある。出来る限り危なっかしい人には近づかないこと、それから後ろに人をつかせないこと。
  ただこの時間にルディアックにいるというのは相当走れる人で、眠くてフラフラは少ないはず。死ぬ気でタイムを狙う位置でもなく、一番安全な時間帯かもしれない。夜中に走るのを避ければ貰い事故の確率は低いのではないか。

・途中でリタイアする
  リタイアしてタンデム運べないのでタンデム運送業者にお願いしたら業者もリタイアした。「アナタたち一体何がしたかったの?」こんな大失態は避けたい。ここまでの780kmで体の痛みは出ていない。心配なのは風邪の症状だが、この先頑張って走るつもりも無いし大丈夫だろう。

・ポジションの違いで体を痛める
  上のリタイアに関連。鎌野家タンデムのパイロットは奥さん「のんのん」。私とは20cm程の身長差がある。サドル高だけ合わせた自転車で体に障害が起きないか?
  久々にママチャリに乗って近所のスーパーに行ったら膝を痛めた、そんな人はあまりいない。それは近所のスーパーまで行くことが取るに足らない強度だからだ。
  私にとって「残り450kmを走ることは近所のスーパーに行くことと同じレベル」であればこれは取るに足らない問題である。いや、なんかそんな風に言うとカッコ良さそうだから言ったみたけど、流石に近所のスーパーとは違うだろう…


  速く走るということは、恐らくこのBlogを読んでる多くのサイクリストが想像してる以上に体に負担がかかる。目標を「安全に完走する」に切り替えた場合、自転車がタンデムだとか、ポジョションが全然合ってないだとか、味わう予定だった辛さと比べたらそんなものは些細な問題に過ぎない。だいたいRAAM走りたいなんて言ってる人がこの程度走れないでどうするよ。

  ほんの少しの逡巡の後、「私は全然問題ないよ、鎌野さんは本当にいいの?」もう一度聞いてみた。

  奥さんの体調不良、準備万端で挑んだPBPのリタイア、そしてタンデム運搬という頭を悩ます問題。きっと鎌野さんは正常な判断が出来なくなっていたんだと思う。タンデムを私に託し、代わりに私の自転車を輪行してサンカンタンを目指すことで合意した。

  自転車をホテルに取りに行っている間、ゆりかさんと出会う。彼女もここ往路ルディアックでリタイア、旦那が一人で走っているとのこと。

  「鎌野家のタンデムで帰る事になったよ」なんて話してると戻ってきた。奥さんも一緒だ。体調は大丈夫?

  ペダルとボトルを交換、空にしたサドルバッグに防寒着を詰めた。
  ブラケットが異なったため自分のGPSをビニールテープでハンドルに固定し、シートポストを上げてサドルを後退させ、ストーカー(後ろの席)に牛監督を括り付ける。お前、代行のクセに出世したなあ。

  交換したのはこれだけ。薬や工具を自分の自転車と一緒に預けてしまい後で後悔することになる。
  Di2のバッテリー交換や尾灯の説明を受けて出発。ハンドル位置がキツイが、まあ少し乗れば慣れるでしょ。


ゆりかさん撮影

  泥船に乗ったつもりで任せとけ!なにせこちとらタンデム運搬のプロだからな。
明日の夕方、サンカンタンで。

2015年9月1日火曜日

PBP2015 その7:英語の通じないエイド、ぬるいシャワー、そして睡眠

  ドロップバッグ場所に日本人は1,2人しかいなかった。往路の人ともう少し会うかなと期待してたんだけどこの時間だと多くが通過してしまってるか。
  「明け方は凄く冷えるよ、気を付けて」とステファニーさん。復路の自分は風邪を引いてしまって朝まで寝るつもりだと告げ、美味しくないパスタと肉を食べた後、医務室へと向かう。

  「風邪ひきました。頭と喉が痛くて鼻水止まりません。薬無いですか?」「????」
  まさか、I have a cold.も通じない?きゃっちあこーるどよ、風邪よ。誰か英語出来る人いないか尋ねると、首を振ってイナイネーの表情。え-?

  4年前も8年前も、フランスは英語通じないと聞いていたのに公共の場所では問題なく使えた。ここはボランティアでその辺の人がやってるだけだろうからダメなのかな。コントロールのスタンプ押すオバチャンも大抵話せないものね。
  戸惑っているとオジサンは一枚のラミネートされた紙を取り出した。症状の英語-フランス語対応表だ!これを見ながら、I am sick.I have a headache.I feel cold.を指さす。鼻水と喉の痛みはそれっぽいのが無かったのでジェスチャーだ。
  飲んでる薬は無い?喘息持ち?のYES,NOチェックを受けた後に座って待っていると、謎のシュワシュワする薬が浮いてるコップを持ってきてくれた。「これ飲めばいいの?」「溶けるまで待て?」身振り手振りで会話してゴクリ。
  ブルベカードに診断を書かれておしまい。ホントにこれ風邪薬だったのかなあ?

  このままゴールまで走るのを諦めたからには睡眠、しかしその前にこの体の寒気をなんとかしたい。幸いにもここルディアックには有料のシャワーがある。3ユーロを受付のオジサンに支払うと1m程度のペーパータオルが渡された。これで体を拭けということらしい。
  PBPのシャワーでペーパータオル使用というのは前回参加でわかっていたことなんだけど、前のSaint Nicolasの時は着替えルームにデカイペーパータオル巻き巻きが置いてあって好きなだけ使えた。まず紙で体を拭く文化は無いし、1m弱というのは量が圧倒的に足りないのではないか。トイレットペーパーでオシリを拭くのですらその位贅沢に使う人もいそうだ。

  ドロップバッグ内に入れてあったタオルを取りに戻るのも面倒でインナーで拭けばいいやとシャワールームに入る。
  天井からチョロチョロと出る水圧の低いシャワー。ここまでは予想通り。が、お湯にしてはあまりに冷たい。そもそも体を洗いたいわけではなくて温まりたいから入ったシャワーなのにこのままでは更に風邪引いてしまう。早々に切り上げ(やはりこの量のペーパータオルは何の使い物にもならなかった)、持ってきた服を着込む。
  半袖インナー、長袖インナー、半袖ジャージ、そしてオダックス埼玉の真冬用長袖ジャージ。下はレッグウォーマーにパッド無しタイツ。更には耳当て付きキャップまで。防寒着は完璧、仮眠室はそんなに暖かく無いからね。

  時刻は23時、仮眠待ちは20人くらい。せめて屋内に入れてくれればいいのに寒い外で待たされる。沢山着込んでるから問題無いか。この時間寝ている人の殆どが90時間往路なはず。彼らはそろそろ起きて出発する時間だろうから20人待ちといっても直ぐに空くだろう。日本からの参加者も数人出てきた。この時間にここで寝てて入れ違った知り合いも多かったのかもしれない。
  15分ほどで順番が回ってきて体育館内部へ。4ユーロ支払い、起こしてもらいたい時刻を告げる。マット番号が書かれた紙を時刻が書かれたコルクボードに貼りつけていくのは前回と同じスタイル。23時半~翌1時に紙が集中している中、ポツンと離れて7時に1枚。この時間から90時間往路がそんなに寝てたらタイムアウトだから、私と同じく復路か84時間カテゴリーか。

  負けてられじ?と起床時刻は9時と告げる。10時間あれはその前に自分で目覚めるのでは無いか。
  体育館に敷き詰められた簡易ベッドとマット。私はマットに案内され、薄いシーツを羽織ってオヤスミ。あっという間に眠りに落ちた。

  朝までグッスリというわけにはいかず、2時間ほどでトイレに起きる。丁度到着していた泉さん、「なんだよ、序盤飛ばしてたらあのまま行けるかなと思ったら案の定ここで終わりかよ」
  はいすみません。泉さん60時間切り目標と言ってたけどこれかなりいいペースなんじゃないの?このままゴールしたら52時間くらい?流石に寝ずに走るのは無理とのことでここで2,3時間仮眠する模様。

  そういえばこの時間にここでしいちゃんと会ったっけ。他の埼玉組とは一緒に走っていないようだった。
  ベテランのカワチさんも言っていたけど、ギリギリ隊が連結してパックになったら楽に走れるかというと決してそんなことは無く、各自の睡眠パターンが合わず余計に厳しくなってしまうことも多々ある。特に日本人はオダックス的な「集団で足並みを揃えて走るプレイ」を普段からしてるわけでは無いから尚更だ。
  妻と一緒にギリギリを走るのはかなりキツいからね。余力があるほうが合わせてこれなんだから、まあ私が特にムラがあって人と合わせるのが苦手というのもあるけど、「一緒になっている間だけ協力する」くらいが私も好みだ。
  話は戻って埼玉の他の皆は元気なのかな。適度にくっついたり離れたりして走ってるんだろう。

  悪寒と鼻水はかなり治まっている、こんな時間に起きちゃったしこのまま走ろうかなとも思うが、悪寒じゃなくて単純に寒い。もうやる気もすっかり無くなっているのでそそくさとマットに逆戻り。
  起こされる前の7時過ぎに目覚めてまたトイレ。朝の冷え込みは激しい、持ってて良かった埼玉長袖。んー今回はグッスリ寝れたな、8時間寝れれば十分かも。空も明るくなってきてるし出発するか。受付に起床時刻前だけどもう出るよと告げて外へ。

  あと450km。気分は完全に敗戦処理。
コースが特に面白いわけでもないし、ダラダラ走って引き返すだけ。はあ、つまんないPBPになっちゃったな。

  自転車置き場には呆然とたたずむ鎌野さん。あれ?こんな時間に何してるの?

「運命の出会い」
次回、物語は急展開を迎える。

2015年8月30日日曜日

PBP2015 その6:気分はリタイア

  ブレストのPCは前回とは違うみたいだ。大きな橋を渡ってからこんなに距離もアップダウンも無かったもの。
  PCに到着し、トイレで鼻をかんだ。んー紙はいいな、もうこのベタベタのグローブで鼻を拭うのは無理だ、こいつは捨ててトイレットペーパーを沢山貰っていこう。

  幸いにも気温は上がってきていて日差しが心地よい。でも寒気はするし、鼻水の流出速度はドンドン加速していて蛇口の壊れた水道のように流れ続ける。仕方ないのでトイレットペーパーを鼻の穴に詰めた。これ、冬のブルベでどうしようもない時にやるんだけど、ここフランスではやりたくなかったなあ。今は真っ昼間、沿道で応援してくれてる人が「何あれ?鼻に何詰めてるの?どこの国の衣装?」ってなってちょっと恥ずかしいじゃない。
  街中を通る時は手で鼻の辺りを隠すようにして通過。まあそんなの誰も気にしないだろうけどね。

  眩暈と悪寒が続くため、途中の芝生でちょっと寝ることにした。今回のPBP、外で横になったのはこの1回。暫くウトウトした後、目が覚めたら調子が回復した気がする。そうだ、ブレストのエイドで風邪薬を貰えばよかった。うーん今から戻るのは流石に遠回りか、ルディアックに着いたら貰おう。

PC7:Carhaix,703km 25時間53分
  途中で寝たのもあって速度はかなり落ちている。とにかくルディアックまで戻って風邪薬を手に入れないと。

  おそらくここCarhaixにもエイドはあったのではないか。それに街中の薬局で風邪薬を買うという選択肢もあったはずだ。(過去フランスで買ったことがあり、自分の英語&ボディーランゲージでなんとかなるのは経験済み)
  もう全く頭が回っていない。ルディアックまで戻って風邪薬GET、走る目的はそれだけだった。鼻に詰めたトイレットペーパーは時間と共にグショグショになるので適度に新鮮なものと差し替え。

  Carhaixを出るとすぐ4人組の集団に出会った。同じ方向に走る自転車を見るのは久しい。暫く後ろについた後に前に出る、結構な時間前を引いてそろそろ交代して欲しいなと右に寄って手でサインを出すが、誰も前に出てこない。速度を嫌がらせのように落としてみても嫌がらせのように前に出ない。えー???
  前回のPBP、黒澤さんと上保さんが「イタリア人は前を引かねえ」と嘆いてたっけ。多分この4人は知り合いのパック(国は確認していないがイタリアでは無かったと思う)。私が加わるまで普通にローテーションしてたじゃない。ここまで露骨に参加を拒否するかねえ。
  最後尾に無賃乗車するという手もあるが、この人数でそれはあんまり楽しくないし、ちょっとカチンときたので加速して後続を引き離す。オマエラと走るメリットなんて無いんじゃ。一人で走ればいいもんね。

  勢いよく飛び出たはいいがなんとその直後にシークレット。係員が道を塞ぎ、コントロールだよと誘導する。ブルベカードにチェックを受け、トイレに寄ってる間にその4人に先行された。
  んーこっちから願い下げだって飛び出た集団にまた追いつくのはバツが悪いなあ。しかもよく考えたら抜かして先に行ったところで次の集団に直ぐ出会う確率なんて限りなく低いじゃん。今更混ざるのも…
  やはり一人で走り続けるのは疲れる。出来れば誰かと走りたい。日が陰って気温も落ちてきたので着替えながら後続を待つことにした。

  …20分。誰も来ねえ。
しかもここは往路と復路で違うルートで(720km付近)待ってる間全く人を見ない。これが本当に6000人も参加しているPBPなのか。諦めて一人先へ。
  丁度空白地帯だったらしく、その後は1人で走ってる人にはちらほら会った。往路なのに間違えて復路に入ってしまった集団がいて「道わかんないんだけどGPS見せて」「いやこっちパリだから、ブレスト反対、間違ってる」ってやりとりをした。暗くなってきた中、ルディアックに到着。

PC8:Loudeac,782km 30時間3分
  もう無理だ。ここまで鼻水を垂れ流しながら走ったブルベはいつだったか。神奈川の富士1周200kmはゴールするなり「もうブルベなんて走らねえ」思った。北海道1200kmに向かった時も風邪気味で予定変更してホテルで1日寝たっけ。200km程度なら我慢も出来るが、あと450kmこんな状態で走るのは無理だ。
  まず温かいものを食べたい。パンを胃に流し込む作業はいい加減飽きた。PBP名物のフニャフニャに伸びたパスタでもいいから食べたい。ここルディアックでリタイアすれば食堂で好きなもの好きなだけ食べられるじゃないか。

  それに今回のPBP、速く走るのは目標ではあったが一番重要なのは無事に帰ること。妻には「アナタは前科2犯なんだから(今年のRAWと2007年PBP)」と念を押された。ゴール間近で胃に穴が開いて入院した岩本さんの姿が浮かぶ。このまま走り続けて果たして無事にサンカンタンに辿り着けるのだろうか?

  五分五分くらいかな、と思った。スタート前は50時間を切れる可能性は2割くらいだと考えていた。速度は思った以上に回復していて満足行くレベルで走れている。で、こんな時に風邪とかもうホント馬鹿でやってられないんだが、まあ5割なら悪くない。やってみる価値はある。
  RAWでの入院が無かったら先に進んでいた気もする。ロングライドで大事なのは体を壊さず終えること、自分の力を知っていればどこで止めるべきかはわかるはずだ。このままルディアックを後にしたら最後まで走るか倒れるか、ゴールできるかどうか全くわからない。残念だけど、今回その賭けに出ることは出来なかった…

  待っている妻がどうとか、入院してまた2ヶ月後に病院のお世話になるわけないはいかないとか、正直言うとそんなのは関係ない。
  往路のルディアックを出てからブレストで折り返しここに戻るまでの300km、本当にキツかった。あと450km続けるのはそれよりずっとずっと厳しい。2日目の夜、寒さと眠さも加わるそのキツさを想像し、耐えられないと思った。リタイアして食堂で温かいものを食べながらゆっくりしたかった。

  ここまで速く走ってきたため時間の余裕はある。ここルディアックで24時間寝ても体調が回復すれば80時間の制限時間には間に合うと思う。ただPBP完走は前回してるし、一眼レフも持たず、美味しい物も食べず、速く走ろうとした今回は完走なんて最初からどうでもいい。


  悔しい。結局また僕は、何も成し遂げられないまま終わってしまう。
だったら走れよ、まだ脚は動くだろう。何度も自問自答したがゴールする姿が思い浮かばなかった。

  リタイアした人の気持ちはこんななのかもしれない。悔しい、だったら走ればいいじゃないか、でも…
そして僕は、走るのを諦めて食堂へと向かった。茫然と食べるフニャフニャのパスタは、やっぱりちっとも美味しくなかった。

PBP2015 その5:防寒着満載も着ないで風邪を引く

  今回の業者撮影ポイントはルディアックまで、通過時間が早かったためか撮影ポイントの看板はあってもカメラマンが居ない場所もあった。4枚の写真全部夜だし、他の人の写真楽しそうでいいな…

  オーストラリア人に「You are very strong!」と自分の持てる英語力全開で話しかけると(日本語が出来るといっても私のカタコト英語と同じくらいで英語のほうが会話が続く)「You too」と返してくれた。どう考えても私同じレベルじゃないし。
  ボチボチ気に入って貰えたのか、食事食べてくけど一緒にどう?と誘われる。バッグがここにあるからと断ってしまうが、今回のPBP、短時間ゴールを目指すなら彼と一緒に行動するのがベストだったのかもしれない。

  この人(B235)のゴールタイムは48時間12分。リザルトを見るとPC1,Villainesに先頭集団で入りそこで少し休んでいる。ここLoudeacでもレストランで食事したっぽいし、ノーサポートでPCの施設でしっかり食事するスタイルなのだろう。2日目の夜の走行速度が落ちているのはおそらくPCごとに1時間くらい仮眠してるため。それでも脚があれば50時間は十分切れる。
  ただ一緒に走るには力の差がなあ。私があと少し速ければ。見えない差じゃないから、今後彼のような走りを目指そう。

  日本のドロップバッグは直ぐに見つかり、157番のバッグからパンや羊羹、粉末ドリンクを取り出す。
  雨だった時に備えて替えのジャージと長袖インナーを2セット、長袖ジャージもバッグに入れてあったが、まだ15時間しか着てないしこのままでいいかな。それに外で着替えるの面倒だし。
  体は汗ダクになっており結果的にこれは大失敗だった。バッグ置き場の隣にトイレもあって(この時は気が付かなかった)すぐ着替えられたのに、何故この時にまあいいやーと思ってしまったのか。寒さに弱いのを十分自覚してるからこそダイナパック一杯の防寒着、それからここルディアックのドロップバッグにも着替えを沢山詰め込んでいたのだが。

  地べたに座って補給食を食べていると、バッグ置き場の奥のドアから人が出てきて「あれ?157番のバッグが無い?」と言ってる。あ、それ私、私。
  バッグだけ並んでて誰も居ないのは変だなと思ったんだよね。「こんなに早く来るとは思わなかった」そうで、確かに自分でも予想より早い到着。でも先頭はこれよりかなり早かったんだろうなあ。
  バッグ管理のお二人と会話しながらダラダラ。ルディアックでの滞在時間は30分。これはちょっと長すぎ、速く走ったアドバンテージが無くなっちゃったぞ。しかも到着して5分後くらいに10人程の集団が来て、ああやっぱり後ろを待ってこれに乗ったほうが良かったのではとちょっと後悔。

  スタート前に白木さんに「ちゃんとロングの走りをしろよ」と釘を刺された。確かに私は前半飛ばして後半失速というパターンが余りに多い。だってそれで後半失速しなかったら速く走れるじゃない、600km淡々と走るよりも、最初の200kmは200kmのペースで走ったほうが楽しいし。それに無酸素運動域に入れてしまってるわけではないので失速といってもペースを落とすか少し休めば普通に走り続けれるはず。

※本番だったRAWでは序盤からパワーメーター見てしっかりペースを抑えたつもり。それで完走出来てないから大口叩けないよね。

  ルディアックを出発するも見渡す限り一人。ここまで15分後スタートのCカテゴリの人を見ていない。スタートした時は80時間のA~Eまで同じ脚力の人がばらけていると思っていた。Bの先頭集団60人の中で、PBPはこの速さのオッサンが300人居るのかーなんて考えていた。でも速い人は前のほうのカテゴリに登録するし、今回はBがAに追いつこうとしていたとのことでBの序盤はかなり速かった。モルターニュで千切れて速度が落ちたとはいえ、まだCの先頭が追い付いてこないくらいリードしていた。

  要するに、今この付近は周りに殆ど人がいない。速い人は先頭集団で走っている。それを狙ってない人はもう少し後ろにいる。ここには先頭から千切れた人がポツポツいるだけ。

  とはいえオーバーペースで走った体を回復させねばならないのでマイペースで一人タラタラ走るのは都合がいい。1時間も軽く走れば回復するだろうと思っていた体は想像よりダメージを受けており、出力が戻ってくるのに2時間近くかかった。ああようやく速度が戻ってきた、これで帰りのルディアックまで一気に行けるぞ。
  しかし調子が良かったのはほんの少しの間。何か体がヘンだ、熱っぽいし頭も痛い。さっきから鼻水を垂れ流しているのは、もしかして風邪を引いた?

  気温が下がった夜明け、疲労で衰弱した体、汗でビショビショのジャージでそのまま走って風邪を引いてしまったらしい。こんな所で体調を崩すなんて。頭がかなりフラフラするので立ち止まって何度か休む。走り始めた後に右手を見たら素手だった。あれ?さっき止まった時にグローブを外してパンを食べたのかな?それでそのグローブはどこにやったんだろう?道端に置いてきてしまった?
  もう頭はボケボケだ。無くしたのはやわらか素材の長指グローブ。滴り落ちる鼻水を拭うのに丁度いいと、余った左手を鼻水拭きにする。
  ツライ。眠気なのか風邪なのか頭はよく回らない。休憩している間に2,3人のグループが通り過ぎるが、乗っかれるわけもなく一人ダラダラとブレストを目指す。

  途中にシークレットとCARHAIXのPCがあったっけ。だけど余り覚えていない。ルディアックまではあんなに楽しかったのに、ちょっとオーバーペースで走ったからって今のこの惨状は何。ダイナパックに防寒着詰め込んで置いて着ないで風邪引いたとかアホなの?なんかもうイヤになってきた。アホーアホー。

  ブレストまではPBP最高標高の登り、といっても300mちょっと。ここの登りで2人くらい追い抜いて、その後止まって休んでる時に抜かれたんだっけな。だからそういう走りじゃなくて協力して一緒に走らないといけないのに。峠のピークからはずっと下ってブレストな記憶、実際はまだまだ登りもあって、あれ?こんなんだっけな?と苦痛に満ちた表情で走っているところで笑顔で手を振ってきた参加者とすれ違い。

  今すれ違ったの一人だったけど本当に先頭なの?まず顔がオカシイ、こっちはこんなに苦しんでるのに彼は笑ってた。あんなにニコニコして先頭を走れるものなの?フレームバッジは付いてたよなあ。
  会社で「無事に帰って来いよ。危なっかしいから」と言われた。城さん(今回PBPに参加してる)にも「鈴木さんは何か削って走ってるから危ない」と言われたっけ。イヤ別に何も削ってるつもりはなくて遅いのに無理して速く走ろうとするから結果的に体力が削られるんよ。それでこんな苦痛に満ちた顔でフランスの大地を走ってるのよ。それなのにあの先頭は何?すげー楽しそうじゃん。

  今このPBPを苦しんで走ってる自分を全否定するかのような光景を見た直後、苦しそうな集団とすれ違う。あ、今の先頭集団ね、やっぱ苦しそうね。さっきの人は忘れ物取りに戻ったか何かね。(実際彼は先頭だった。しかもノーサーポートで集団から抜け出し単独ゴールだったようだ)

  先頭とは1時間くらいのタイム差を予定していたのに2時間程離されてしまっているのか。600km通過タイムは21時間半、これでも十分なタイムなのだが。体調不良での失速を考えると同じ時間で戻るのは確実に無理だ。3時間寝て25時間で走る、これで50時間ギリギリか。

PC6:Brest,618km 22時間06分

2015年8月29日土曜日

PBP2015 その4:上を向いて歩こう

  ロシア人はPC手前にサポートがいるようで、車の前で止まっていた。
自転車を駐輪場所に止め、ボトルを持ってコントロールまでダッシュ!と思ってたけど周りを見るとそうでもないみたいだ。先頭集団のPCは戦いだと聞いていたが、先頭ではないこの集団の皆はそこまで急いではいないのだろうか?

  コントロールでチェックを受け、外の仮設トイレに寄り、水道でボトルに水を補給。コントロールでは4年前と同じように人の好さそうなオバチャンがどこから来たの?と聞いてくる。JAPONと答えると、あらあら、遠い所大変ねといった表情。

  自転車に戻ってボトルにドリンク粉末を加えて、これで5分くらい。三船さんのSTRAVAデータを見るとPCの所要時間は2分程度(スタート直後に1分ほど停車しているのはサポートかトイレか?)これじゃ先頭集団には残れず、単独で追う形になるのか。
  一緒に入ってきた集団の殆どはまだ出発していない。赤レーパンの人と一緒にPCを出た。

  PCを出て赤レーパン、しきりに後ろを振り返りながらなんだかわからない言語で話しかけてくる。フランス語で、後ろの集団を待つべきだとでも言ってるのだろうか?確かにどうせ追いつかれるのなら無駄に脚を使う必要は無いが、そんなに無理せず先行する分には問題無いし、追いつかれたら乗っかればいい。
  赤パンは一応先頭交代してはくれるが、乗り気ではないのかすぐ後ろに下がってしまう。何か話しかけてくるのだが…全然わかんないんだ、英語話せない?とりあえず私はマイペースで走るから、着いてくるか後ろを待つか好きにすれば?

  前のほうに尾灯が2つ見え、追いつこうと先頭固定で走ったら赤パンは切れていた。んで前2人と連結。3人に。
  この2人のうちの後ろのほうが謎で、ドラフティングの効果が余り得られないくらい前から離れて走っている。先頭交代もしていないようだ。ここまでこのペースで走れる人が他人と走れないわけは無いと思うのでドラフティングしない縛りとかやってるんだろうか?もしくは眠くて後ろにつきたくない?前の人と先頭交代しながら暫く走る。が、登りで切れてしまった。

  250km、気が付けば気温もかなり下がっている。ウインドブレーカーを取り出して着込み、停車したついでにパンを口に入れて水で胃に流し込む。誰か来ないかなと後ろを気にしていたら3人が通過。これに乗っかり暫く走ると後ろから本命の20人程の集団。あ、赤パンが居る、なんか損した気分。集団に乗っかり、まあ適度に前に出たりしながら次のPC、Fougereへ。

PC2:Fougeres,310km 9時間38分
  Villainesからここまでの速度はかなり遅い。単独走だったのもあるけど集団の速度も最初ほど出ていない。それでも序盤のアドバンテージでまだグロス30km/hを大きく上回っている。

  ここFougeresは初参加の2007年、車にはねられた後に3日ほど滞在した思い出あるPCだ。前回は長いパスワードのFreeWiFiがあったはずなのに今回は無い。ここでもコントロール->トイレ->トイレで水汲み、トイレでは同じくボトルに水を汲んでる人待ちがあった。準備を整えてさて出発。

  なんだけど、実はFougereから次のTinteniacまでの記憶があまり無い。特徴的な緩やかな登りのS字カーブを走った時は1人だったことは覚えている。でも出発時にどうだったのか、どうやって集団に追いつかれたのか記憶がアヤフヤだ。
  パワーメータのログを見る限りは一人でスタートし、335km地点で集団に追いつかれているようだ。この時の集団の人数は10人、小さくなってきた。

PC3:Tinteniac,364km 11時間39分
  チェックを済ませ出発しようとしたら隣に赤パンが居た。赤パン、PC通過早いな。
  今回の腹とダイナパックに補給食を詰め、ドロップバッグのあるルディアックまで水道での水補充のみで行く作戦、少し中途半端だった気もする。先頭集団で走るにはもっとPCの時間を短縮させねば厳しいし、今いるこの集団はもう少し時間がかかっても大丈夫、おそらくパンを買うくらいの時間はありそうだ。ただまあ遅れたら追いつくのは大変なので、先行できるに越したことはないのかな。

  Tinteniacを赤パンと出発。他にあと2人で計4人。
ここまでPCから先行->集団に追いつかれるを繰り返している。今回もこの人数で出発せずに後ろを待ったほうがいいのではないか。

  しかし赤パン以外の2人は知り合いのようで、このうち一人が相当速い。
ここまで一緒に走った人、中切れで前を追ったHITACHIや緑ジャージは速かった、が、ほぼ対等に前に出れていたつもりだ。このオーストラリア人(帰国して調べるまで何故かフランス人だと思っていた)は彼らと比べて圧倒的、一緒に走っていてレベルの違いを感じてしまう。
  集団は確かに魅力的だ。しかしVillaines、FougeresとPCを通過する度に徐々に小さくなってきている。Fougeresでも脱落者が出るとすると後ろからくる集団の人数はせいぜい7,8人になるのではないか。この強力なオーストラリア人となら次のPCまで先行することもできるかもしれない。
  オーストラリア人3,私2,赤パン1くらいの割合で前を引いて走る。もう一人は後ろについていたが、気が付くといなくなっている。

  知り合いを引き上げてくるためか一旦後ろに消えるオーストラリア人。赤パンと2人で暫く走っていると一人で戻ってきた。話し合いの結果、もう着いていくのは無理だから先に行ってくれとでもなったのだろうか?彼を中心としたパックが再び生成。
  既に赤パンは全く前に出なくなっていた。実力差はデカい。私もこのオーストラリア人と走るのはキツい。

  ある程度の速度でこうして少人数で走る場合、幾ら実力差があっても先頭固定はツライ。2:1でも、いいや9:1でもいい、ほんの少し先頭を変わってくれるだけで休憩時間が出来て楽だ。少なくとも私はそう感じる。先頭交代を促すこのオーストラリア人も多分そうなんだろう。
  だから彼と一緒に走りたいのであれば、オーバーペースだろうがなんだろうがちゃんと交代しないのはイヤだ。次のルディアックで力尽きるかもしれないがそれも良し。今こうやって走ってるのが凄く楽しいから。

  そうは言ってもTinteniacから2時間、疲労は溜まり、前に出るのが困難になってきた。
「日本人デスカー?」えっ?「妻ガ千葉デス」とオーストラリア人。まさかの日本語、まさかの千葉。なんて狭い世界。
  消耗して速度が低下した私を「ウエヲムーイテーアールコーヨ、ナミダガー」と持ちネタらしい歌で励ましてくれる。全くなんてヤツだ。涙は零れ落ちるし、これで力尽きるまで漕ぎ続けなきゃいけなくなったじゃないの。

  Loudeacまで残り20km。いよいよ前に出れなくなった私。これまでずっとツキイチだった赤パンに対し、オーストラリア人が「You can do! You can do!」と激を飛ばす。言葉が通じているのかはわからない。それでも疲れた私に代わり赤パンも先頭交代に加わり、なんとかLoudeacへ。

PC4:Loudeac,449km 14時間45分
  夜明け前にルディアックに着けた。疲れた、面白かったけど、とにかく疲れた。

2015年8月27日木曜日

PBP2015 その3:Aに追いつくB、自分の居場所

  集団から千切れる者も居なくなり、平和な時間が続いていた。スタートから3時間、自分はどこまでこの集団に乗っかっていけるのだろうか?

  この時点で補給ポイントである140kmMortagneに寄る気は全く無くなっていた。オナカは空いていないがちゃんと食べないとこの先走れなくなるため、腹のパンを取り出して口に無理やり詰め水で流し込む。素晴らしく美味しくない。
  120km、下りで速度が上がった集団はLongny-au-Percheの街に突入。減速して直角の左カーブ。そして右カーブ。

  目の前に現れたのは急斜面の長く続く登り。そして何故か、集団の人数が倍くらいになっている??
  Aの第2集団を吸収したのかと思った。先頭は遥か先のほうにいる。これはマズイ、呑気に走っている場合では無かった、全力で追わねば。

  100人超になった集団は登りで速度が落ち、反対車線まで完全に道路を塞いでしまっていた。道の一番左端に出て登りで失速している人を追い抜いていく、しかし先頭には全然届かない。
  標高差50mほどの登りの後、斜度は一旦緩やかになる。前回遅れた時のHITACHIジャージのように、私の他にも一人くらいは後ろから先頭目指して駆け上がる人はいるようだ。ここでは緑ジャージ、かなり強い。1人と2人では全然違う。2人で人の間を縫うように前へ前へ。100mほど下り、そしてまた斜度6%で100mほどの登り…

  この登りで数十人の纏まった集団を捉えた。ここで「この集団で休んで前を追えばいい」なんて考えてしまった。日記その1にも書いたように、このPBP、無理して先頭を追う人はそんなにいない。
  緑ジャージは左から集団を追い抜いて先に進んだのに、私は集団内に入ってしまったばかりに左と前を囲まれて前に出れない。うーん言葉が通じないってこんな時に困る。埒があかないので一旦最後方まで下がってから左に出て追い抜き。くそっ、無駄な時間を使ってしまった。しかし何で誰も追わないの?

  そこから続くアップダウン。前は見えてる、でもここまで脚を使っていて差を詰めるだけの出力が出せない。誰かほんの少しでも前に出て休ませてくれればもう少し速度を上げれるのに、何故誰も交代してくれないのさ。
  7,8kmの孤立奮闘、後ろを振り返ると20人程がついてきている。134km地点、Mortagneまで6km。40人程の先頭集団が先に見え、その後ろに5人。見えていた集団との差が開き始めた。私の実力じゃ先頭集団以上の速度で走れる時間なんて限られている。もう無理だ、もう少し早い段階で追いつかなければダメだった。補給ポイントを前にして無念の脱落。

  後から分かったのだが、この時Bが吸収したのはAの第2集団ではない。Aの先頭集団、PBPの先頭を走る集団だったのだ。
  どうやら今回フランス人を中心とした速い人たちはAではなくBカテゴリを選択し、早い段階でAに追いつき15分のアドバンテージを得ようという作戦だったらしい。120km,3時間半で15分差を詰めたのだから、ここまでの走行速度は7%、2.5km/h程度の差があったと思われる。


http://labs.strava.com/flyby/viewer/#374889859,x4Y2Fg==

三船さんとのFlyby。3:40あたりがBがAに追いついたポイント。

  言い訳一覧。
・登り坂に入ってから、あるいは少し手前で集団先頭はAに追いついたをの知り速度を上げた。(あるいは先頭はもっと前からA集団を目視していたのかもしれない)
・そこそこの斜度、長さの登りで集団が伸びた。街中通過&直角カーブで登り突入前から伸びていたのもある。
・A,もしくはBの登れない人が完全に道を塞いでしまい、最後尾にいた自分はブロックされてしまう形になった。
・一旦2人で追う形になれたのに第2集団内で休もうとしてしまった。そこでまた塞がれてしまった。

  Flybyを見る限り差は詰めれていた。しかもこの後Mortagneからロシア人と2人で回した区間も先頭から離されていない。あと少しが何故届かなかったのだろう。

  自分の調子は悪く、これだけ走れるとは思っていなかった。牛監督なんて余計なものを付けずに防寒具を最小限まで減らして集団についていくのを狙えばよかった。自身を少し過小評価していた。
  そしてこの集団のレベルなら最後尾でどんなに中切れが起きても単独で追いつけるだろうと、自身を過大評価していた。ここで追いつけないようではやはり集団を走る十分な力があるとは言えない。ヒマだから前に出てみようかなーなんて思い上がりも甚だしい。
  残念だけど実力不足だ。追いつくには力が足りなかった。少しに見えるその力の差が大きいんだ。

  ま、正直言って最後まで集団に着いていけるレベルではないのはわかっていたし、そもそも最大に上手くいって449km,Loudeacまでを予定していた。(ドロップバッグからの荷物詰め替えに時間がかかる為)
  ここまで先頭で走れて御の字といえば御の字なんだけど、経験の為にもう少し先頭集団を味わいたかったな。特にPCでの補給が見たかった。

  失意のままMortagne。寄る気は無いのに狭い入口付近で前の2人が停車してこちらも停車を余儀なくされる。「へい」とか「えくすきゅーずみー」とか言ったけど道開けてくれないんだもの。
  折角速度0に落ちたので振り返って牛監督ストラップを締め直し。これで落ちることはないかな。Mortagneを通過、前とはどのくらい離れてしまったんだろう?後ろに人の姿は見えない。第2集団が先頭を追わなかったのはここで補給するつもりだったからなのか。

  Mortagneの先にはサポートカーがたくさん止まっている。サポートありの人はここで補給物資を受け取ったのだろうか。ってMortagneはPCじゃないからサポートダメなんじゃないの?実のところPC以外にも補給車ぽいのが止まっていて、絶対これ個人のサポートだろうってのは何件かあった。

  街を出ると直ぐに前に一人見えた、ここはモガいて追いつく。フレームの三角がプラスチックのようなもので完全に塞がっていて、ロシア国旗のペイントが成されている。ドリンクはサドル後ろに2本つけていた。
  空力的に塞いでるのかなーと思ったら右型に扉のようなものがある、これは物入れなの?フレームにあまりにピッタリフィットしてるのは特注?いろいろ聞いてみたかったが、上手く英語で聞ける自信が無かった。英語話せるようにならないとダメだな、PBPの楽しみが数割減ってしまう。

  会話は無くてもこのロシア人はきっちり先頭交代をしてくれる。15km程一緒に走ると前に3人集団。追いついてロシア人と顔を見合わせ、親指を立ててグッジョブ。これでかなり楽になるぞ。

  しかし3人に対して2人で追いついた速度の違いからか、あるいは作戦か、吸収した3人は全く前を引いてくれない。
  先頭から下がる合図をしてロシア人と交代、後ろに下がるとロシア人と3人の間に一人分、私が入る間が空いている。無視して後ろまで下がってもいいんだけど、これ以上速度を落としたくないのでここに入って2人で回し続けるしかない。全然楽になってないんじゃん。
  こうして170km地点過ぎ、後ろから来た15人程の集団に吸収されてしまった。これだったら2人で走らずにMortagneで後ろを待てばよかったのでは。

  集団に合流直後、何故か全員が停止した。
暗くなってきたので尾灯点灯&反射ベスト着用、それからオシッコタイム。皆に合わせて道脇で私も立ちション、あー走りながらやるじゃなくて良かったよ。

  20人になると走行はかなり楽だ。全員が前に出るわけではなく、先頭を回すのは3,4人。数回先頭が回ってきて疲れたら最後尾、暫く休んでまた先頭へ、という流れとなった。結局前をひいていたのは私とロシアの彼を含めて7,8人だろうか。
  速度は最初の先頭集団からだいぶ落ちる。先頭交代にきちんと加われており、私のレベルではこのくらいの集団が適切なのだろう。暗くなってきた中、千切れた人を吸収していき、PC到着時には30人を超える集団となった。

  PC1:Villaines,221km ここまで6時間23分。先頭集団からは千切れてしまったがタイム的には悪くない。

2015年8月26日水曜日

PBP2015 その2:先頭集団のレベル

  スタートから2時間が過ぎ、15分先スタートのAの小集団をちらほら見かけるようになった。
  5,6人の集団の先頭を女性がひいていてびっくりする。速度差1割くらいってことは34km/hくらいでは走ってるのね。集団は左車線に出て大きく追い抜いていく。抜かれた側も無理についてくるようなことは無い。

  さてここで80時間の先頭集団のレベルと、そこで何が起きているかを挙げてみる。

  ペースはツールドおきなわ市民200km(私が走った時は210kmでは無かった)の序盤普久川ダムまでより少しだけ遅い感じか。200kmじゃなく1200kmだから当然。アタック的な動きもこんな序盤では無い。
  構成しているのはオッサン、しかも40歳の私より年上と思われる人が殆ど。そして皆ふくらはぎが凄え。自分も血管フェチにはそれなりに売りに出せる脚だと思ってるのに見た目だけで負けてる。そんなジジイがゴロゴロいる。なんなんだここは。

  そして驚くべきはその安定感。
元々が速くて実力がある人が無理して走っていないため、落車などとうてい起きそうも無いほど安定している。ホビーレースしか走ったことの無い私にとって今までで一番上手い集団だった。前述の沖縄200kmも、去年走った台湾KOMも、走ってて少し怖いなという動き(というか人)があったのにそれが全然無い。

  もちろんトラブルは多々ある。段差でライトを落とした人は何人かいた。サドルバッグごと外れて落ちたのもあった。が、皆のバランス感覚がいいので何かあって接触が起きても落車には繋がらなさそうなのだ。

  集団内右端をスルスルっと下がってくる人、トラブルかなと見るとオシッコしてる。
  走りながら小便、本当にやるんだ。私はしたことないし上手く出来る自信も無い。(ホースが短いわけではなくてバランス的にだからね)
  この走りながら小便は最初の補給ポイントであるMORTAGNEまでに4回見た。

  他にも印象的だったのは、

・変速の調子が悪くなったようで後方に下がって携帯電話で誰かと連絡をとっていた人
  -やっぱりサポートがついてるんだ

・集団の左に出て走りながらサドルバッグ(オルトリーブ)内の補給食を取り出そうとし、中身を全部ぶちまけてしまった人
  -回収せずにそのまま走り続け、悲しげなオーラが凄く出てた

・街中の信号で一旦停止した際、道の脇に立ちションした人
  -立ちション禁止はもはや有名無実となっているが…流石に街中でやるのはダメだろ

・GPSビーコンをつけた人
  -スタート前に埼玉の面々と「サポートありの人は携帯電話で位置のやり取りしてるのかね?」「最近はGPSで位置情報発信する機材がわりと安価にレンタル出来るから、そういうの使ってる人もいるんじゃないかな」なんて話をしてた。本当に居るとは

  それからこの集団、右側通行なんて全く気にしていない。
この時の風は北西、西に向かう集団に対して右前から風が吹いてきていた。空気抵抗を最大限に減らすには前走者の左後ろにつく。そうして集団は左へと伸びて行くんだけど、中央線をはみ出そうがお構いなし。
  結果集団の半分より後ろは全員左側、対向車線を走ってる状態。(流石に街中は右側を走る、街と街を繋ぐ道の話ね)

  いいの?これ?
しかも後ろから車が来てクラクションを鳴らされても全く意に介せず。結局あの車はどうしたんだろう?小心者の私は集団の右端からはみ出る感じで道路の中央辺りを走った。

  とにかくまあ何もかもが新鮮で、滅茶苦茶楽しかった。
2時間を経過した後、集団の速度が1km/hほど下がる。ちょっとヒマになったきたので前に出てみようかなーなんて頭をよぎったが、後ろで大人しくしていよう。落ちそうな牛監督問題もあるし。

  さてこの先、140km地点にある最初の補給ポイント、MORTAGNEには寄るべきかどうか。
用意したドリンクは2リットル。ここまで100kmでボトル1本ちょっと飲み干している。PC1は221km、無補給で行くのは少し厳しいかもしれない。この集団を逃したくもない。

  周りはよく見えている。必死になって全力で集団についていってる場合は走ることに精一杯で何も見えなくなってしまうが、そういうことは無い。
  先頭に一度も出ていない状態でこの集団が私に適切かどうかは置いといて、走ってはいけないレベルでは無いと思う。走りながらオシッコは出来ないけれど。

2015年8月25日火曜日

PBP2015 その1:初めての80時間集団

  PBP当日。
ホテルロビーで時間を潰し、オダックス埼玉の泉さんと一緒にPBPのスタート地点へ向かった。

  二人ともカテゴリはB。4時15分、三船さんの走る先頭Aからは15分遅れのスタートだ。80時間の部の知り合いはCの上保さん、Eの落合さん。
  各カテゴリの人数は250人ほど。私は真ん中あたり、泉さんは集団には着いて行かないようで後方に並ぶ。

  今回の装備、ダイナパックにゴアカッパ上下、長袖インナー、ビブタイツ、レッグ&アームウォーマーを入れている。
  集団について行くのであればこの量の防寒具は必要ない。ドロップバッグもあるしルディアックに預けるという手もあったが、極度の寒がりの私は寒さで走れなくなることを恐れた。出力が出ているうちはいいけど疲れてヘタったときに防寒具無いのはDNFの危機だから。

  他には羊羹やスポーツバーなどの補給食、水に溶かす粉末ドリンク、それから腹にパン。
  ジャージの中にパンを詰め込むようになったのはいつからか。前回のPBPで腹から出したパンをたけさんに食わせてたっけ。その後SR600等のコンビニに入る必要の無いロングで食料を出来るだけ持つために正式採用された。
  パンは体積はあるものの重量は少ない。ジャージの中がパンパンで恰好は悪くてもあまり違和感無く走れる。但し水分が少ない為、食べるというより水で流し込む作業になる。

  ダイナパックの上には牛のぬいぐるみを輪行用ストラップで括り付けておいた。押すとピューピュー励ましてくれる。これは何だと聞かれたらsupervisorと答えよう。

  周りを見てもこれだけの荷物を持っている人は殆どいない。先頭集団で走ろうとしている人の多くはサポート付きだろうし、荷物が無い人はPCで食事を採る算段だろう。


  PBP80時間の先頭はレースだと言う。
初めて走る私にはそれがどの程度のものかわからない。前回走った近藤さんや黒澤さん、彼らの話を聞くぶんにはそこまで速くは無さそうだ。
  防寒具が多すぎる気もするが、多少の重量増は問題にはならない。たぶんこの集団について行く程度の力はある。

  熱狂の中Aが出発、いよいよBがスタートラインへ。「眠くなったら無理して走るな、寝ろ」とのアナウンス。そしてカウントダウン。


  2015年PBP、開始。

  スタート直後の街中は交通規制されており信号や交差点で停車することは無い。
  後日90時間の部のmovieを見たら先導のバイクは30km/h程度で走っていた。しかしこの80時間の部は違う、スタートしてコーナーを曲がるといきなり40km/h超え。
https://www.strava.com/activities/374889859/analysis/122/326
※stravaのアカウントがあると区間が選択状態になります
  下り基調のスタートから15kmのAveは40.7km/h。確かにレースペースだ。

  通常のブルベと比べるとずっと速いが着いていけない速度ではない。集団のレベル、状況等が良くわかないため一旦最後尾へ。泉さんの姿は見えない。この集団に乗っかっているのは150人程。泉さんも含めた残り100人は最初から見送りを決め込んでたってことか。
  街中の外れで日本人に応援される。多分Hideさん?良くわからなかったけど手を振ってオーと答えた。

  郊外に出ると直ぐにアップダウンが始まる。そしてその度に集団後方では中切れが発生。
  ただ登りは苦手ではないし、ギャップが出来てもすぐに埋められる。集団復帰で多少脚は使うからもう少し前に居たほうがいいかもしれない。
  しかしいきなり出てくる中央分離帯やラウンドアバウト、減速の為の幅寄せブロック等、慣れてないフランスの道で神経を使うのも嫌だったので最後尾でダラダラ過ごす。

  路面状態は、舗装云々ではなく横断歩道手前のかまぼこ型の凹凸が厄介。
  この段差でダイナパックがかなり上下に跳ねる。ストラップで補強してあるとはいえ、かつてSR600で折れたことのあるダイナパック。この速度で凹凸に突っ込んで無事かどうか心配だ。
  手を後ろに回して付け根の部分等を確認すると、牛監督(※注:ぬいぐるみ)がストラップからすっぽ抜けて落ちそうになっているではないか!

  前回2011年ネタ的に巨大フランスパンをリアキャリアにワイヤーロックで固定して出走した際、乾燥したフランスの風を受けてパサパサになったパンをワイヤーが切り刻んでいき「オマエのパン落ちそうだぞ」と注意を受けた記憶が蘇る。
  しかも今回は80時間のマジ集団。何の役にも立たない牛のぬいぐるみを集団内に落としてしまったら確実に顰蹙モノ。後ろ手でゴソゴソストラップを調整しながら最後尾。もうこれ前に上がるのやめたほうがいいかもしれない。余計なもの付けてきてしまったもんだ。

  さて集団は中切れを繰り返しながら徐々にコンパクトに。
遅れることは無さそうと安心していたら60km地点の登りでは集団先頭から大きく離れてしまう。

  このPBP序盤、マスドレースと圧倒的に違うのは「先頭集団から千切れても別に構わない」と考えている人が多数だということ。
  マスドは集団から遅れたら終わりだ。だから皆死にもの狂いで協力し合って追う。しかし1200km走るPBPでは無駄に脚を使ってまで先頭に居残りたい人は少ない。ついていけるところまで集団を利用し、千切れたらマイペースもしくは小集団で走る、多くがそんななのだろう。
  長く伸びて間が空いてしまった集団。数人を連結させても誰も回さないから千切れている人々を抜き一人で追うのみ。協力者なんて居やしない…

  いやこの時は居た。登りの後の平地で前方に見える集団の速度が上がり、これはマズイかと焦りが出た瞬間後ろから飛び出してきたのは黄色のHITACHIジャージ。
  やった、流石世界の日立!何故日立ジャージ?2人で回してあっという間に集団復帰。日立の彼はかなり力がありそうで、そのまま集団前方まで行ってしまった。後方は中切れ危険と判断しての移動か。私は定位置の最後尾へ。

  集団は60人程度まで減り、これを境に中切れも無くなり暫く安定する。
  スタートから2時間で77km。Aveは38km/h弱。なるほど、80時間の部のPCオープンは参考タイムで早く着いても問題ないとのことであったが、これなら通常BRMの35km/hオープン制限は上回りそうだ。

  干し草が積まれた広大な大地を通る道。アップダウンの度に目の前60人の背中がTVの映像のように瞳に映る。
  色とりどりのジャージ、様々な国籍のレーサー、そしてここはフランス。ただのサイクリング趣味のオッサンはまるでツールドフランスでも走っているかのような錯覚を与えられた。

  なんだ、来て良かったじゃないか。

PBP2015 PBPに賭ける想い

  ブルベで速く走るのは好きではない、いややっぱり好きだ。
うーん、なんだかわからない。なんだかわからないけどモヤモヤしている。この感じはなんなんだろう?

  ブルベを速く走るモヤモヤって、タイムがどうとか、一番時計だとか、そういう風に見られてしまうからのように思う。
  交通ルールを守って安全に走るのであればどう走ろうと自由だ。速く走りたければ走ればいい。でも「トップでゴールした」なんてのは参加者の多くがそんなことに興味が無い以上何の意味もない。
  いや、人から見られるだけじゃなくて自分自身そんなものを意識してしまうのがイヤだ。草レースを少しカジって速くないのをイヤと言うほど味わってるからこそ、競わない人と競いたく無かった。

  タイムを意識してしまうと妨げるもの -信号や道路工事の一方通行、ゆっくりとした動作のコンビニのオバチャンなど- をストレスに感じてしまう自分も嫌いだった。

  速さを競うならレースでやればいい。でも日本にはブルベほどの長距離を走るレースは無い。
  その結果、RAAM(Race Across AMerica:アメリカ大陸横断レース)のような海外の長距離レースに行きつくのは自然な流れだったし、資格獲得のためのRAW(Race Across the West:RAAMの前半1400kmを走るレース)を走ってみてシックリくるものを感じた。


  話をPBPに戻す。

  当初の予定は、来年のRAAM資格獲得の為に今年のRAWを完走。
そして今回のPBPで好タイムを残してRAAMを走れる実力があることをアピールし、スポンサーやクルーを集めるという計画であった。

  私には実績が全くない。BRM600kmを24時間以内に走った記録も無い。
もちろん実力が無いので実績が無いわけだが、それでも24時間だったら集中していれば眠くならない時間であるし、速度低下を考えてもグロス25km/hは下回らないと思う。
  「思うって、一回もやってねーじゃん。オマエは甘いんだよ」埼玉の泉さんや白木さんにはよく言われた。


  多くの人の援助を受けて6/16に参加したRAW。まさかのというか、実力通りの展開というか、わずか270kmでリタイア。熱中症から意識を失い落車。そのまま救急車で病院へ。

  病名は熱中症による脱水&横紋筋融解症。体の筋肉が壊死して血管に流れ出してしまう状態だった。幸いにも後遺症は無く2日で意識も戻って退院。が、退院時にはベッドから腹筋で起き上がることができないくらい弱っていた。
  帰国3週間後あたりから徐々に自転車に乗り始める。4週間後の血液検査では完全に正常値に戻ったものの、疲れやすくて直ぐに寝落ちしてしまう状態が続いていた。
  それに出力が2割くらい低下している。軽くヒネれたはず?のよっしーに坂で着いて行くこともできなかった。

  「そんな状態でPBPに出る意味あるの?航空券とか支払っちゃってるけど、世の中には損切りという言葉がある」、と妻。
  後1ヶ月あるし、やれるとこまでやるしかない。出発1週間前には出力は1割減くらいにまで戻った。が疲労も溜まっていたため最後の調整に予定していた前週のSR600はDNS。
  疲労ですぐ寝てしまうのは相変わらず。どのくらい走れるのか全く見当がつかない。

  600km以上のブルベを速く走ったことは無いけど、それ以上の距離経験はそれなりにある。24時間は連続して走れる、3時間程度寝れば翌日も走れる。これから想像するに多分調子が良ければ51時間くらいで走れるのではないか。
  目標は48時間。それから、日本人トップ。

  ブルベで誰かより速かったかどうかなんてホントはどうでもいい。来年のRAAM挑戦も頓挫し、速く走って実績をという計画も崩れた。
  それでもPBPはロングライド派に速さを説明するには絶好の機会だし、「最速」って単純な肩書きが今後の活動に必要であると思う。自分が速くないのがわかっているからこそ、ね。

  どうやら前回同様元プロの三船さんも参加するようで、ただのサイクリング好きなアマチュアが挑むのなんて無謀というより、おこがましいか。
  結果を考えると気が重い。成功しそうに無いから。3回目の参加となるPBP、こんなに楽しみで無いのは始めてだ。

2015年8月24日月曜日

PBP2015 PBPって幾らかかるの?

4年に1度のブルベの祭典、Paris-Brest-Paris。
今回は直前にアメリカでのイベントもあったことから、出来る限り節約して低予算で行くことを心掛けました。

■スケジュール
8/14 12:00 成田発 モスクワ経由
8/14 20:50 パリ着
8/14 空港近くのホテル泊
8/15 自走でサンカンタンに移動、受付
8/15 埼玉の人たちと同じホテル泊
8/16 16:15 PBPスタート
| PBP間の荷物は仲間で部屋をシェア
8/20 懇親会
8/20 ホテル泊
8/21 自走で空港に移動
8/21 11:45 CDG発 モスクワ経由
8/22 10:35 成田着

■費用
機材はいつもと同じ物を使っています。
出発前にリアの尾灯破損で新品を購入しましたが、これを含めた装備は料金には含めず。(AJジャージ代等も)
輪行もペラペラ輪行袋に行きはダンボールで保護。
現地ではFree WiFi以外の通信手段は使っていません。

航空券(アエロフロート):97000円
海外旅行保険:3380円
ドロップバッグ:5000円
懇親会:7700円
成田までの電車代:3840円 x2(往復)
成田での食事&酒:2000円
モスクワでの飲み代:2170ルーブル
8/14ホテル:3980円
8/15ホテル:110.7ユーロ (食べてないのに朝食付き)
8/20ホテル:100.8ユーロ
PBP中のホテルシェア:31ユーロ
8/15朝食(走りながらパン購入):5ユーロ
8/15昼食:14ユーロ
8/15夕食:14ユーロ
8/15カルフールで補給食:22.36ユーロ
8/16パン屋で補給食:10ユーロ
8/16昼食:10ユーロ
PBP最中の食事&仮眠所:75ユーロ
8/20カルフールでアルコール、土産:21.85ユーロ
8/21空港でドリンク&菓子:8ユーロ
懇親会会場へのタクシー:16ユーロ

計:191940円
※1ユーロ = 139.23円, 1ルーブル = 1.77円 で計算。

まあワリと倹約できたんじゃないかなと思います。
PBP期間はカルフールで買った補給食(主にパン)を所持&ドロップバッグに入れ、870km地点まで一切買い物せず。
15,20のホテル代がネット早期割引無しの正規価格でかなり高かったのがねえ。
あとは懇親会を除いたアルコール代で7,8000円かかっているのが削ろうと思えば削れるところ。

あー大事なエントリーフィを忘れてました。
エントリーフィ:115ユーロ
メダル,バッテリー,ジャージ:65ユーロ

バッテリーやジャージは装備と言えないこともないけど、これを含めて

計:217000円
20万超えてる…

本気で削ろうとしたらアルコール代、懇親会、8/20にホテル宿泊せずにそのまま帰国、バッテリーやジャージを購入しない、これで18万円くらいかな。
PBP行くのは50万くらいかかるという情報が多かったため、貧乏旅行だとこのくらいには収まるよとまとめてみました。

2015年8月11日火曜日

PBP2011のPC滞在時間


補給 Mortagne-au-Perche 20分  補給
PC01 Villaines-la-Juhel 1時間50分 軽食,仮眠
PC02 Fougeres  1時間30分 食事
PC03 Tinteniac  20分  補給
秘密 Quedillac  50分  軽食,仮眠
PC04 Loudeac   1時間  食事
仮眠 St-Nicolas-du-pelem 4時間  軽食,睡眠
PC05 Carhaix   2時間  食事,仮眠
PC06 Brest   1時間10分 食事
PC07 Carhaix   30分  食事
PC08 Loudeac   4時間5分  食事,睡眠
秘密 Illifaut  30分  仮眠
補給 Quedillac  1時間5分  軽食,仮眠
PC09 Tinteniac  10分  通過
PC10 Fougeres  1時間40分 食事,仮眠
PC11 Villaines-la-Juhel 1時間20分 軽食
PC12 Mortagne-au-Perche 50分  軽食,仮眠
PC13 Dreux   1時間30分 軽食,仮眠

PC滞在時間合計 24時間40分
この他に1回レストランに寄って食事
サバイバルシートに包まって芝生で寝たのが1回、道端で立ち止まって(立ったまま)寝たのは無数

通過:トイレ,水汲む
補給:ドリンクや補給食を購入
軽食:パンなどの軽食をテーブルで食べる
食事:用意された食事処(学食みたいなもの)でしっかり食べる
仮眠:椅子や床で仮眠
睡眠:マットレス、簡易ベッドの仮眠施設で仮眠&シャワー

 前回はこのくらいPCに滞在していました。
それまでの旅の疲れでとにかくスタート直後から眠く、PC以外でも仮眠を繰り返しながら時間ギリギリ使っての走行となっています。
 眠気が無かったら簡易ベッドのあるPCでもう少し長い時間寝たほうが楽だったと思います。

・PC通過時に補給食を買ってパン等の軽食をほおばる -> 30分
・食事をとる -> 1時間ちょっと

くらい見ておけばいいですかねえ。
PBPの日記はこちらから。(上のPBP2011タブのうちPBP期間日記へのリンク)

2015年7月16日木曜日

ヤギとウシと富士3Peaks

○7/11
  立川のIKEA近くの空き地に、雑草食べさせるべくヤギが導入されたという話です。リハビリを兼ねて妻とサイクリングしながら見物(&ウチの庭の雑草を食わせる為に拉致)しに行くことにしました。

  福生南公園で待ち合わせていつものみのさん、ケイタさん、志村さん、Eijiさんと五日市方面へ。しかしみのさんの引きに全然ついていけません…
  ローラーで少し乗った感じではそこまで出力は落ちてないと思ったのだけれど、暑い外を走るのはダメなんでしょうか。
  コンビニ休憩で離脱し、妻と当初の予定のヤギへ向かいます。

  草が多すぎるのと暑さでヤギが参ってしまっているので、皆でヤギを助けて雑草を刈ろうイベントの告知が。なんという本末転倒。

  フェンスの周りをぐるっとまわってみたものの遠くにチラっと白い動くものが見えただけ。このままでは悲しいと帰りにモグサファームに寄って牛を見ることにします。

  10kmおきに休憩を繰り返して牛舎に到着。

  あ、ここにヤギがいました。この牛は黒成分が少なくてカワイくないと妻。

  ヤギ見れて満足。繋がれていてお持ち帰りは無理でした。

  その後は蕎麦を食べて帰宅。80kmしか走っていない、しかも休憩しまくりなのに信じられない疲労感で帰宅するなりすぐ睡眠。やはり横紋筋融解症とやらで筋肉が落ちてしまって疲れやすいんでしょうか?
  夕方に起きて台湾から来た馬さんを囲んでひつじやで食事会。この日は動物デーでした。

○7/12
  今月頭に坂バカと大塚さんがやっていたのを見て、以前から興味を持っていた富士3Peaksを走る計画を立てました。
  この富士山5合目までのスバルライン、スカイライン、あざみラインの3本を登るルート、弱り切った今の状態を知るのに丁度いいかなあって。

  土曜の調子じゃ全然走れ無さそうな気もしましたが、ひであさん、よっしーに声をかけてしまったのもあり決行です。
  流石に自走は諦めて朝一の電車で富士山駅へ、そこからよっしーと待ち合わせ場所の富士北麓公園に。

  途中のコンビニでひであさんのリアハブにガタがきてるのが発覚します。ハブスパナが無くて調整できず、今日一日くらいなら(ハブは痛むけど)大丈夫だろうとそのままスバルラインへ。

  1本目開始。スバルラインの通行料は200円。

  マイカー規制が始まっており、車は少なくてかなり快適。よっしーが200Wをちょっと超えたあたりでずっと先頭を引き続けます。
  んーやはり今の状態だとついていくのがギリギリです。ツーリング用のFOCUSで来ちゃって失敗だったかな、車重3kgの違いがついていけるか千切れるかの違いになりそうな雰囲気。

  ついていくのがキツいといってもレースほどではなく、このペースだと意外と時間が速く経過していきます。
  標高1500mを超えたあたりからは空が曇ってきて走るのに快適な気温になりました。「このくらいのペースだと1時間半くらいですかねえ」なんて話してるうちに後ろのひであさんが消えてます。調子がイマイチなのか、リアハブが問題なのか。
  スバルラインは斜度が緩くドラフティングの効果も高いため、頂上までよっしーの後ろについてなんとかゴール。

  料金所からのタイムは1時間27分、平均出力は208Wだったかな。ツキイチで1時間半切るのに208Wも必要なの?途中向かい風が出てたからかなあ。

  世界遺産登録だけあって5合目は凄い人。富士山メロンパンを買うこともなく直ぐに下山。
  西側をぐるっと回って次のスカイラインを目指します。しかし富士吉田に下ると気温は31℃。標高1000mでこれって、下界はどうなってるの?

  スカイライン入り口。ひであさんは疲れたようでここで離脱。

  富士宮で周遊道路に入ってからここまで既に900mの登り。信号もなければ自販機も無し。
  残りドリンク量に不安があったもののそのままスカイラインに突入->暑さでヘロヘロに。やはりこの区間は十分なドリンク用意が必要でした。

  脱水と暑さでやられていた2人は、1800mくらいからガスって気温がぐっと落ちて復活。

  5号目は15℃と走るのに気持ちいい温度。

  180号からは2時間17分、平均出力は180W弱。
  オナカペコペコ下山してコンビニでしっかり食べた後に須走口へ。

  今回のボス、あざみライン。

  ここの平均斜度は10%。一様な斜度ではなく下り区間もあり最大は22%ほど。
  斜度がキツイところは無酸素運動域に入れないと登れません。問題はその後に回復できるかどうか。

  よっしーからは早々に千切れて一人旅。
しかしやっぱり今の出力だと有酸素運動域で登り切るのは不可能みたい、マイカー規制で車がいないのをいいことに所々蛇行しちゃいました。ごめんなさい。

  頂上到着は18:30。

  あざみラインは1時間36分、平均出力160~170Wくらい。
んー全体で10時間ほどなわけで、これだったら最後まで200W以上出てないとちょっとダメダメな感じです。となると2割近く落ち込んでるってこと?これは復活まで時間かかるかも。

  下山してよっしーと別れて新松田まで走って輪行。
まあなんにせよ3本走れたのには一安心。今後に少し希望が持てました。お二人とも付き合ってくれてありがとう。

  車や信号が少なく、登りごたえがあり、高地を走るため気温も低い。走ってて楽しく満足できるコースでした。あまりに楽しかったので今月末にまた走ろうと思ってます。


2015年7月10日金曜日

JAKROOジャージ インプレ

  RAWスタートまで2ヶ月となった時点でようやくチームジャージ作成にとりかかりました。
  プロのデザイナーに依頼するような時間はなく自分で作成するため原稿はjpeg。そこからデータをおこしてくれる業者で完成までにかかる期間が1ヶ月半、できれば1ヶ月以内。チームが5人のため少量から注文可能。

  これを満たすようなオーダージャージ作成会社はかなり限られました。WaveOneなどのメジャーどころは納期が厳しそう。
  調べたところこちらのdream-brotherってトコが納期3週間でしかも1着から頼めるようです。
  JAKROOというブランドの国内代理店、作っているのは中国だけどアメリカなど各国で展開している模様。聞いたことないけど大丈夫かな?
  写真で見る限り物は悪く無さそうで価格も手頃、ここで作ることにしました。

  メールでのやり取り、日本語ネイティブでは無い感じがあるもののレスポンスは良くて特に問題なし。
  最初にjpegデータを渡し、それを元に原稿を作ってもらうのに1,2週間くらい。どうやら担当の人が割り当てられるよう。担当がついて初稿が出てからは細かい修正依頼は数日であがってきます。しかし○○の色が違ってるから直して、と伝えたら修正と合わせて何故か他の部分が違う色になってたり、何度かやりとりする必要がありました。GWの九州ヘブンウィークで走りながらだったのでメール書くのが大変でした。最終的には満足の行くデザインに。

  アメリカのjakrooのWEBを見ると日本代理店に書かれたアイテム以外もあるようなので、取り扱いは無いのか、あるなら値段は幾らか問い合わせます。結局

・半袖ジャージ
・ビブ
・帽子
・グローブ
・シューズカバー
・エアロワンピース
とフルセット作成。

  ジャージは発注してから2週間と4日で手元に届きました。1着から注文可能な点(割高になります)と、この速度は魅力です。

  そんなわけで前置きはおいといてジャージのインプレです。

  発色、裁縫は問題なし。素材はかなり薄くて軽く、速乾性は高そうです。
薄いのは一長一短で悪くはないのですが、生地がちょっと弱い。これが一番の欠点かな。

  ジャージの裾はシリコンのずり上がり防止加工が施されています。

  ファスナーはYKK。下向きに固定でき、動きもロックされるヤツ。サイズも手頃でこれは満足。

  ポケットにも貴重品入れのファスナーがついています。前と同じもの。
ポケットの左右には再帰反射のベロが。この部分は大手ブランドのジャージよりいいですね。

  JAKROOのSサイズはWaveOneのM相当になります。WaveOneのMと丈は同じで肩と裾が1cmほど大き目。2015年のPBP記念AJジャージ(オンヨネ)のSサイズとは後述の脇部分を除いてほぼ同じ。

  袖の部分は(キツい)ゴムがありません。
WaveOneはゴム入りなので比べると大きく見えますが袖の太さはほぼ同じ。長さは長め。脇の部分に少しゆとりがあるかな。

  オンヨネも同じくゴム無しですがこちらは脇がタイト。この部分は全然違います。

  ポケットのサイズ。
かなり大きく見えますが、下部にマチが無いため実質は中央のオンヨネよりも若干浅いです。
JAKROO、ポケット部分の幅がほかより全体で2,3cm短いです。横に大きいものは入らないかも。

  男性Sと女性Mの差。丈や胴回りはほぼ同じでも、襟が5mm短く袖の長さが全然違う!
レディースモデルは脇の下が極端に短いというかなり特徴的なデザインとなっています。

  LサイズとWaveOneのLを比較。特に肩や袖まわりが大きいですね。

  続いて帽子。内側の端がパイル生地になっています。
それ以外の素材はジャージと同じ。

  レーパンのパッド。左が男性用。
厚みや弾力はあまりありませんが、スカスカのスポンジではなく使ってみたところ及第点。

  ビブの肩ヒモはメッシュ。
裾は最近流行りの太めのバンドなタイプです。シリコンだと皮膚が負けて赤くなる人がいるようなので、ここは高ポイント。

  シューズカバーはレーパンと同じ素材(ライクラ)。やや光沢がありよく伸びます。
靴のサイズに合わせてL~XLを買ったら足首が2cm以上ユルユルで縫いました。

  グローブ。甲はライクラ、汗拭き用パイル生地は無し。
掌は滑り止めつき軍手のような加工が施されています。パッドは薄め。立体裁縫ではなく平面的。

  グローブの問題は価格、流石にこれで7500円は…(2着~だと7100円)。
アメリカだともっと手頃なのでもう少し安くして、せめてボリュームディスカウント大き目で10着以上だと5000円くらいになるといいのだけれど。

  そして生地の話。
ベルクロやボコボコの壁などなら仕方ないのですが、何かのカドで少し引っ掛けると糸がほつれてきます。この生地はかなりデリケート。買った人は注意してください。
※ほつれるっていってもどんどん解けてくるのではなくて、上の写真のズの下のように糸が引っかかって飛び出ちゃう。

  (グローブ以外の)値段は妥当だと思うし、納期や注文単位にも満足しています。
アメリカと比べて日本代理店はボリュームディスカウントが少なく、そのぶん1着注文時の値段がちょっと安め。1着だけの注文により適したものとなっています。
  生地がデリケートで傷みやすいのがちょっと残念ですが、まあこれは薄さとのトレードオフなので仕方ないかな。
※妻、私のジャージとも買ってすぐに糸がビローんて出てきた場所があって当初この点に関してはもっと酷評しましたが、他の人のを見るとそこまで酷くなさそう。たまたまだったのかな。ただひっかけやすいのは確かだと思います。

  あ、あとは熱転写でプリントしてるから?か、高温で長時間アイロン当てると色が他の布に写ります。
洗濯や通常のアイロンでは問題ありません。


  左から冨永さんが181cm71kgでメンズL。気持ち大きめか。
いずみちゃんがレディースM。178cm60kgの私がワンピースS(ジャージもSで程よいサイズ)、妻がレディースS、立川さんがメンズM。
女性は袖が短くてカワイイ。

  オマケ、空港に迎えに来てくれたみんな。

  牛ジャージは海外で意外と?人気で「ムー!ムー!」と後ろから指差されてたりしました。
RAAM王者クリストフのカメラマンにも撮られてます。





  というわけで、素人デザインにしては意外とイケるのではと勘違いし始めてきたところでジャージの2次募集を行います。
(次はデザイナーの力を借りてもっと素敵なRAAMジャージを作るつもりでしたが、体がヘッポコなせいでRAAMの見通しが遠のいてしまいました)

  破損&紛失した物を再注文するついでに、欲しい人いるかなと軽く声かける程度の予定だったのですが、新たに作ったノースリーブの原稿がなかなか上がってこないのです。どうせ待ってるならその間に注文数が増えれば安くなって私の懐が少し潤うという魂胆です。今更RAWジャージなんて誰が買うんだ?とかそういう事は冷静に考えてません。誰も買わなくても売ってるのが重要なんですよ、多分…

  今回販売するのは
[前回と同じ]
・半袖ジャージメンズ 9700円
・帽子 3200円
・グローブ 7100円
・エアロワンピース(スキンスーツ)メンズ 19000円
[新規追加]
・ノースリーブ男女 9500円
半袖高級ジャージ男女、通常のものよりスリムなカット 14000円

それぞれ送料を含みます。

  新規追加ぶんに関しては最初から1枚注文のため、男女どちらでも大丈夫です。
半袖ジャージは2枚以上注文しないと赤字になってしまうため、既に注文がある男性のみの販売です。

  半袖ジャージレディースや、ビブ、レーパン等は1着注文の値段となるので高くなります。レディースジャージ11300円、ビブ14000円。2着以上集まれば前回と同じ価格にできるのですが。レディースは袖が長くていいのならメンズの1サイズ下がだいたい同じサイズ。


注文方法は以前と同じ。
http://zuccha.blogspot.jp/p/project-raam.html
メールじゃなくこちらへのコメントでも可です。

  販売期間は7/15 0:00までです。
んーやっぱちょっと高いね。大量生産が見込めるなら大手で作り変えたほうが安くできそうだけれど。

2015年7月8日水曜日

牛カントクに牛スーツ

 お久しぶりでございます。暫く書いてなかった日記をまた復活しようかと思います。
6/17、アメリカで1400kmを走る自転車レース、Race Across the Westに参加してきました。
 翌年のRace Across AMericaの参加資格を得るのが目的で、完走自体は問題無く出来るだろうとタカをくくっていたところ熱中症にて265km地点でリタイア。

 病院に搬送された時には意識はあったものの頭がオカしくて暴れていたようで、折角今回の為に買ったエアロワンピースはジョキンジョキンに切られてしまいました。

 ここまでヒラかなくていいのに…

 妻は「暴れるとスーツ切られちゃうよ」と止めていたようですが、何せ頭がやられていて状況判断どころか妻の認識も出来てない状態でして。
 少しの穴ならジャージ補修用のアイロン布で塞げます。しかしこんなのはもう絶望的。額に入れて飾ればの声を無視し、我が家のアイドルの牛に着せようと思います。

 2年前の誕生日プレゼントで妻に送った牛ぬいぐるみ(椅子)。
最初は「何故こんなものがプレゼント…」と不遇の扱いを受けていたコイツも今では鈴木家に無くてはならない存在です。

 「オレ監督だと思ってたのにRAWに連れていかれず留守番だった」、とは牛の心の声。
 ごめん、サイズ的に荷物に入れるの無理だったんだ。そんな牛カントク用に、ジャージ補修布でペタペタと夜なべしてボロボロのワンピースを繋いでいきます。

 できたー。最速の牛復活。

 実はワンピ購入直後にも嬉しくて牛に着せたんですよ。
でもその時は人用でした。今回は完全牛専用ということで、

 この尻尾の解放感!

 あ、RAWで買ってきたカウベルもつけないとね。牛、上機嫌。

 こんなくだらない日記書いてないで本編の話を書けって?
ま、そちらはのんびりと~(牛歩)。

2015年5月15日金曜日

スズキケジャージ作りました。

■牛ジャージ

なんと5/17まで、超期間限定で販売してます。
http://zuccha.blogspot.jp/p/project-raam.html

見つけた方はアンラッキー。
今年はPBPイヤーで様々なジャージの発売年。どうせジャージ貧乏なら1着追加しちゃってください。


■こんな方にオススメ
・牛が好きな人
・ピンクのスーツが似合うダンディー
・名字、あるいは名前が鈴木

ちなみに以前作った2007年PedalFar!パチモノピンクジャージ(通称肉ジャージ)はPBPで他国から交換に大人気でした。全然関係ありませんが多分これも引く手あまたです、ピンクだし。交換用にはちょっと高いかな…