2015年8月30日日曜日

PBP2015 その6:気分はリタイア

  ブレストのPCは前回とは違うみたいだ。大きな橋を渡ってからこんなに距離もアップダウンも無かったもの。
  PCに到着し、トイレで鼻をかんだ。んー紙はいいな、もうこのベタベタのグローブで鼻を拭うのは無理だ、こいつは捨ててトイレットペーパーを沢山貰っていこう。

  幸いにも気温は上がってきていて日差しが心地よい。でも寒気はするし、鼻水の流出速度はドンドン加速していて蛇口の壊れた水道のように流れ続ける。仕方ないのでトイレットペーパーを鼻の穴に詰めた。これ、冬のブルベでどうしようもない時にやるんだけど、ここフランスではやりたくなかったなあ。今は真っ昼間、沿道で応援してくれてる人が「何あれ?鼻に何詰めてるの?どこの国の衣装?」ってなってちょっと恥ずかしいじゃない。
  街中を通る時は手で鼻の辺りを隠すようにして通過。まあそんなの誰も気にしないだろうけどね。

  眩暈と悪寒が続くため、途中の芝生でちょっと寝ることにした。今回のPBP、外で横になったのはこの1回。暫くウトウトした後、目が覚めたら調子が回復した気がする。そうだ、ブレストのエイドで風邪薬を貰えばよかった。うーん今から戻るのは流石に遠回りか、ルディアックに着いたら貰おう。

PC7:Carhaix,703km 25時間53分
  途中で寝たのもあって速度はかなり落ちている。とにかくルディアックまで戻って風邪薬を手に入れないと。

  おそらくここCarhaixにもエイドはあったのではないか。それに街中の薬局で風邪薬を買うという選択肢もあったはずだ。(過去フランスで買ったことがあり、自分の英語&ボディーランゲージでなんとかなるのは経験済み)
  もう全く頭が回っていない。ルディアックまで戻って風邪薬GET、走る目的はそれだけだった。鼻に詰めたトイレットペーパーは時間と共にグショグショになるので適度に新鮮なものと差し替え。

  Carhaixを出るとすぐ4人組の集団に出会った。同じ方向に走る自転車を見るのは久しい。暫く後ろについた後に前に出る、結構な時間前を引いてそろそろ交代して欲しいなと右に寄って手でサインを出すが、誰も前に出てこない。速度を嫌がらせのように落としてみても嫌がらせのように前に出ない。えー???
  前回のPBP、黒澤さんと上保さんが「イタリア人は前を引かねえ」と嘆いてたっけ。多分この4人は知り合いのパック(国は確認していないがイタリアでは無かったと思う)。私が加わるまで普通にローテーションしてたじゃない。ここまで露骨に参加を拒否するかねえ。
  最後尾に無賃乗車するという手もあるが、この人数でそれはあんまり楽しくないし、ちょっとカチンときたので加速して後続を引き離す。オマエラと走るメリットなんて無いんじゃ。一人で走ればいいもんね。

  勢いよく飛び出たはいいがなんとその直後にシークレット。係員が道を塞ぎ、コントロールだよと誘導する。ブルベカードにチェックを受け、トイレに寄ってる間にその4人に先行された。
  んーこっちから願い下げだって飛び出た集団にまた追いつくのはバツが悪いなあ。しかもよく考えたら抜かして先に行ったところで次の集団に直ぐ出会う確率なんて限りなく低いじゃん。今更混ざるのも…
  やはり一人で走り続けるのは疲れる。出来れば誰かと走りたい。日が陰って気温も落ちてきたので着替えながら後続を待つことにした。

  …20分。誰も来ねえ。
しかもここは往路と復路で違うルートで(720km付近)待ってる間全く人を見ない。これが本当に6000人も参加しているPBPなのか。諦めて一人先へ。
  丁度空白地帯だったらしく、その後は1人で走ってる人にはちらほら会った。往路なのに間違えて復路に入ってしまった集団がいて「道わかんないんだけどGPS見せて」「いやこっちパリだから、ブレスト反対、間違ってる」ってやりとりをした。暗くなってきた中、ルディアックに到着。

PC8:Loudeac,782km 30時間3分
  もう無理だ。ここまで鼻水を垂れ流しながら走ったブルベはいつだったか。神奈川の富士1周200kmはゴールするなり「もうブルベなんて走らねえ」思った。北海道1200kmに向かった時も風邪気味で予定変更してホテルで1日寝たっけ。200km程度なら我慢も出来るが、あと450kmこんな状態で走るのは無理だ。
  まず温かいものを食べたい。パンを胃に流し込む作業はいい加減飽きた。PBP名物のフニャフニャに伸びたパスタでもいいから食べたい。ここルディアックでリタイアすれば食堂で好きなもの好きなだけ食べられるじゃないか。

  それに今回のPBP、速く走るのは目標ではあったが一番重要なのは無事に帰ること。妻には「アナタは前科2犯なんだから(今年のRAWと2007年PBP)」と念を押された。ゴール間近で胃に穴が開いて入院した岩本さんの姿が浮かぶ。このまま走り続けて果たして無事にサンカンタンに辿り着けるのだろうか?

  五分五分くらいかな、と思った。スタート前は50時間を切れる可能性は2割くらいだと考えていた。速度は思った以上に回復していて満足行くレベルで走れている。で、こんな時に風邪とかもうホント馬鹿でやってられないんだが、まあ5割なら悪くない。やってみる価値はある。
  RAWでの入院が無かったら先に進んでいた気もする。ロングライドで大事なのは体を壊さず終えること、自分の力を知っていればどこで止めるべきかはわかるはずだ。このままルディアックを後にしたら最後まで走るか倒れるか、ゴールできるかどうか全くわからない。残念だけど、今回その賭けに出ることは出来なかった…

  待っている妻がどうとか、入院してまた2ヶ月後に病院のお世話になるわけないはいかないとか、正直言うとそんなのは関係ない。
  往路のルディアックを出てからブレストで折り返しここに戻るまでの300km、本当にキツかった。あと450km続けるのはそれよりずっとずっと厳しい。2日目の夜、寒さと眠さも加わるそのキツさを想像し、耐えられないと思った。リタイアして食堂で温かいものを食べながらゆっくりしたかった。

  ここまで速く走ってきたため時間の余裕はある。ここルディアックで24時間寝ても体調が回復すれば80時間の制限時間には間に合うと思う。ただPBP完走は前回してるし、一眼レフも持たず、美味しい物も食べず、速く走ろうとした今回は完走なんて最初からどうでもいい。


  悔しい。結局また僕は、何も成し遂げられないまま終わってしまう。
だったら走れよ、まだ脚は動くだろう。何度も自問自答したがゴールする姿が思い浮かばなかった。

  リタイアした人の気持ちはこんななのかもしれない。悔しい、だったら走ればいいじゃないか、でも…
そして僕は、走るのを諦めて食堂へと向かった。茫然と食べるフニャフニャのパスタは、やっぱりちっとも美味しくなかった。

PBP2015 その5:防寒着満載も着ないで風邪を引く

  今回の業者撮影ポイントはルディアックまで、通過時間が早かったためか撮影ポイントの看板はあってもカメラマンが居ない場所もあった。4枚の写真全部夜だし、他の人の写真楽しそうでいいな…

  オーストラリア人に「You are very strong!」と自分の持てる英語力全開で話しかけると(日本語が出来るといっても私のカタコト英語と同じくらいで英語のほうが会話が続く)「You too」と返してくれた。どう考えても私同じレベルじゃないし。
  ボチボチ気に入って貰えたのか、食事食べてくけど一緒にどう?と誘われる。バッグがここにあるからと断ってしまうが、今回のPBP、短時間ゴールを目指すなら彼と一緒に行動するのがベストだったのかもしれない。

  この人(B235)のゴールタイムは48時間12分。リザルトを見るとPC1,Villainesに先頭集団で入りそこで少し休んでいる。ここLoudeacでもレストランで食事したっぽいし、ノーサポートでPCの施設でしっかり食事するスタイルなのだろう。2日目の夜の走行速度が落ちているのはおそらくPCごとに1時間くらい仮眠してるため。それでも脚があれば50時間は十分切れる。
  ただ一緒に走るには力の差がなあ。私があと少し速ければ。見えない差じゃないから、今後彼のような走りを目指そう。

  日本のドロップバッグは直ぐに見つかり、157番のバッグからパンや羊羹、粉末ドリンクを取り出す。
  雨だった時に備えて替えのジャージと長袖インナーを2セット、長袖ジャージもバッグに入れてあったが、まだ15時間しか着てないしこのままでいいかな。それに外で着替えるの面倒だし。
  体は汗ダクになっており結果的にこれは大失敗だった。バッグ置き場の隣にトイレもあって(この時は気が付かなかった)すぐ着替えられたのに、何故この時にまあいいやーと思ってしまったのか。寒さに弱いのを十分自覚してるからこそダイナパック一杯の防寒着、それからここルディアックのドロップバッグにも着替えを沢山詰め込んでいたのだが。

  地べたに座って補給食を食べていると、バッグ置き場の奥のドアから人が出てきて「あれ?157番のバッグが無い?」と言ってる。あ、それ私、私。
  バッグだけ並んでて誰も居ないのは変だなと思ったんだよね。「こんなに早く来るとは思わなかった」そうで、確かに自分でも予想より早い到着。でも先頭はこれよりかなり早かったんだろうなあ。
  バッグ管理のお二人と会話しながらダラダラ。ルディアックでの滞在時間は30分。これはちょっと長すぎ、速く走ったアドバンテージが無くなっちゃったぞ。しかも到着して5分後くらいに10人程の集団が来て、ああやっぱり後ろを待ってこれに乗ったほうが良かったのではとちょっと後悔。

  スタート前に白木さんに「ちゃんとロングの走りをしろよ」と釘を刺された。確かに私は前半飛ばして後半失速というパターンが余りに多い。だってそれで後半失速しなかったら速く走れるじゃない、600km淡々と走るよりも、最初の200kmは200kmのペースで走ったほうが楽しいし。それに無酸素運動域に入れてしまってるわけではないので失速といってもペースを落とすか少し休めば普通に走り続けれるはず。

※本番だったRAWでは序盤からパワーメーター見てしっかりペースを抑えたつもり。それで完走出来てないから大口叩けないよね。

  ルディアックを出発するも見渡す限り一人。ここまで15分後スタートのCカテゴリの人を見ていない。スタートした時は80時間のA~Eまで同じ脚力の人がばらけていると思っていた。Bの先頭集団60人の中で、PBPはこの速さのオッサンが300人居るのかーなんて考えていた。でも速い人は前のほうのカテゴリに登録するし、今回はBがAに追いつこうとしていたとのことでBの序盤はかなり速かった。モルターニュで千切れて速度が落ちたとはいえ、まだCの先頭が追い付いてこないくらいリードしていた。

  要するに、今この付近は周りに殆ど人がいない。速い人は先頭集団で走っている。それを狙ってない人はもう少し後ろにいる。ここには先頭から千切れた人がポツポツいるだけ。

  とはいえオーバーペースで走った体を回復させねばならないのでマイペースで一人タラタラ走るのは都合がいい。1時間も軽く走れば回復するだろうと思っていた体は想像よりダメージを受けており、出力が戻ってくるのに2時間近くかかった。ああようやく速度が戻ってきた、これで帰りのルディアックまで一気に行けるぞ。
  しかし調子が良かったのはほんの少しの間。何か体がヘンだ、熱っぽいし頭も痛い。さっきから鼻水を垂れ流しているのは、もしかして風邪を引いた?

  気温が下がった夜明け、疲労で衰弱した体、汗でビショビショのジャージでそのまま走って風邪を引いてしまったらしい。こんな所で体調を崩すなんて。頭がかなりフラフラするので立ち止まって何度か休む。走り始めた後に右手を見たら素手だった。あれ?さっき止まった時にグローブを外してパンを食べたのかな?それでそのグローブはどこにやったんだろう?道端に置いてきてしまった?
  もう頭はボケボケだ。無くしたのはやわらか素材の長指グローブ。滴り落ちる鼻水を拭うのに丁度いいと、余った左手を鼻水拭きにする。
  ツライ。眠気なのか風邪なのか頭はよく回らない。休憩している間に2,3人のグループが通り過ぎるが、乗っかれるわけもなく一人ダラダラとブレストを目指す。

  途中にシークレットとCARHAIXのPCがあったっけ。だけど余り覚えていない。ルディアックまではあんなに楽しかったのに、ちょっとオーバーペースで走ったからって今のこの惨状は何。ダイナパックに防寒着詰め込んで置いて着ないで風邪引いたとかアホなの?なんかもうイヤになってきた。アホーアホー。

  ブレストまではPBP最高標高の登り、といっても300mちょっと。ここの登りで2人くらい追い抜いて、その後止まって休んでる時に抜かれたんだっけな。だからそういう走りじゃなくて協力して一緒に走らないといけないのに。峠のピークからはずっと下ってブレストな記憶、実際はまだまだ登りもあって、あれ?こんなんだっけな?と苦痛に満ちた表情で走っているところで笑顔で手を振ってきた参加者とすれ違い。

  今すれ違ったの一人だったけど本当に先頭なの?まず顔がオカシイ、こっちはこんなに苦しんでるのに彼は笑ってた。あんなにニコニコして先頭を走れるものなの?フレームバッジは付いてたよなあ。
  会社で「無事に帰って来いよ。危なっかしいから」と言われた。城さん(今回PBPに参加してる)にも「鈴木さんは何か削って走ってるから危ない」と言われたっけ。イヤ別に何も削ってるつもりはなくて遅いのに無理して速く走ろうとするから結果的に体力が削られるんよ。それでこんな苦痛に満ちた顔でフランスの大地を走ってるのよ。それなのにあの先頭は何?すげー楽しそうじゃん。

  今このPBPを苦しんで走ってる自分を全否定するかのような光景を見た直後、苦しそうな集団とすれ違う。あ、今の先頭集団ね、やっぱ苦しそうね。さっきの人は忘れ物取りに戻ったか何かね。(実際彼は先頭だった。しかもノーサーポートで集団から抜け出し単独ゴールだったようだ)

  先頭とは1時間くらいのタイム差を予定していたのに2時間程離されてしまっているのか。600km通過タイムは21時間半、これでも十分なタイムなのだが。体調不良での失速を考えると同じ時間で戻るのは確実に無理だ。3時間寝て25時間で走る、これで50時間ギリギリか。

PC6:Brest,618km 22時間06分

2015年8月29日土曜日

PBP2015 その4:上を向いて歩こう

  ロシア人はPC手前にサポートがいるようで、車の前で止まっていた。
自転車を駐輪場所に止め、ボトルを持ってコントロールまでダッシュ!と思ってたけど周りを見るとそうでもないみたいだ。先頭集団のPCは戦いだと聞いていたが、先頭ではないこの集団の皆はそこまで急いではいないのだろうか?

  コントロールでチェックを受け、外の仮設トイレに寄り、水道でボトルに水を補給。コントロールでは4年前と同じように人の好さそうなオバチャンがどこから来たの?と聞いてくる。JAPONと答えると、あらあら、遠い所大変ねといった表情。

  自転車に戻ってボトルにドリンク粉末を加えて、これで5分くらい。三船さんのSTRAVAデータを見るとPCの所要時間は2分程度(スタート直後に1分ほど停車しているのはサポートかトイレか?)これじゃ先頭集団には残れず、単独で追う形になるのか。
  一緒に入ってきた集団の殆どはまだ出発していない。赤レーパンの人と一緒にPCを出た。

  PCを出て赤レーパン、しきりに後ろを振り返りながらなんだかわからない言語で話しかけてくる。フランス語で、後ろの集団を待つべきだとでも言ってるのだろうか?確かにどうせ追いつかれるのなら無駄に脚を使う必要は無いが、そんなに無理せず先行する分には問題無いし、追いつかれたら乗っかればいい。
  赤パンは一応先頭交代してはくれるが、乗り気ではないのかすぐ後ろに下がってしまう。何か話しかけてくるのだが…全然わかんないんだ、英語話せない?とりあえず私はマイペースで走るから、着いてくるか後ろを待つか好きにすれば?

  前のほうに尾灯が2つ見え、追いつこうと先頭固定で走ったら赤パンは切れていた。んで前2人と連結。3人に。
  この2人のうちの後ろのほうが謎で、ドラフティングの効果が余り得られないくらい前から離れて走っている。先頭交代もしていないようだ。ここまでこのペースで走れる人が他人と走れないわけは無いと思うのでドラフティングしない縛りとかやってるんだろうか?もしくは眠くて後ろにつきたくない?前の人と先頭交代しながら暫く走る。が、登りで切れてしまった。

  250km、気が付けば気温もかなり下がっている。ウインドブレーカーを取り出して着込み、停車したついでにパンを口に入れて水で胃に流し込む。誰か来ないかなと後ろを気にしていたら3人が通過。これに乗っかり暫く走ると後ろから本命の20人程の集団。あ、赤パンが居る、なんか損した気分。集団に乗っかり、まあ適度に前に出たりしながら次のPC、Fougereへ。

PC2:Fougeres,310km 9時間38分
  Villainesからここまでの速度はかなり遅い。単独走だったのもあるけど集団の速度も最初ほど出ていない。それでも序盤のアドバンテージでまだグロス30km/hを大きく上回っている。

  ここFougeresは初参加の2007年、車にはねられた後に3日ほど滞在した思い出あるPCだ。前回は長いパスワードのFreeWiFiがあったはずなのに今回は無い。ここでもコントロール->トイレ->トイレで水汲み、トイレでは同じくボトルに水を汲んでる人待ちがあった。準備を整えてさて出発。

  なんだけど、実はFougereから次のTinteniacまでの記憶があまり無い。特徴的な緩やかな登りのS字カーブを走った時は1人だったことは覚えている。でも出発時にどうだったのか、どうやって集団に追いつかれたのか記憶がアヤフヤだ。
  パワーメータのログを見る限りは一人でスタートし、335km地点で集団に追いつかれているようだ。この時の集団の人数は10人、小さくなってきた。

PC3:Tinteniac,364km 11時間39分
  チェックを済ませ出発しようとしたら隣に赤パンが居た。赤パン、PC通過早いな。
  今回の腹とダイナパックに補給食を詰め、ドロップバッグのあるルディアックまで水道での水補充のみで行く作戦、少し中途半端だった気もする。先頭集団で走るにはもっとPCの時間を短縮させねば厳しいし、今いるこの集団はもう少し時間がかかっても大丈夫、おそらくパンを買うくらいの時間はありそうだ。ただまあ遅れたら追いつくのは大変なので、先行できるに越したことはないのかな。

  Tinteniacを赤パンと出発。他にあと2人で計4人。
ここまでPCから先行->集団に追いつかれるを繰り返している。今回もこの人数で出発せずに後ろを待ったほうがいいのではないか。

  しかし赤パン以外の2人は知り合いのようで、このうち一人が相当速い。
ここまで一緒に走った人、中切れで前を追ったHITACHIや緑ジャージは速かった、が、ほぼ対等に前に出れていたつもりだ。このオーストラリア人(帰国して調べるまで何故かフランス人だと思っていた)は彼らと比べて圧倒的、一緒に走っていてレベルの違いを感じてしまう。
  集団は確かに魅力的だ。しかしVillaines、FougeresとPCを通過する度に徐々に小さくなってきている。Fougeresでも脱落者が出るとすると後ろからくる集団の人数はせいぜい7,8人になるのではないか。この強力なオーストラリア人となら次のPCまで先行することもできるかもしれない。
  オーストラリア人3,私2,赤パン1くらいの割合で前を引いて走る。もう一人は後ろについていたが、気が付くといなくなっている。

  知り合いを引き上げてくるためか一旦後ろに消えるオーストラリア人。赤パンと2人で暫く走っていると一人で戻ってきた。話し合いの結果、もう着いていくのは無理だから先に行ってくれとでもなったのだろうか?彼を中心としたパックが再び生成。
  既に赤パンは全く前に出なくなっていた。実力差はデカい。私もこのオーストラリア人と走るのはキツい。

  ある程度の速度でこうして少人数で走る場合、幾ら実力差があっても先頭固定はツライ。2:1でも、いいや9:1でもいい、ほんの少し先頭を変わってくれるだけで休憩時間が出来て楽だ。少なくとも私はそう感じる。先頭交代を促すこのオーストラリア人も多分そうなんだろう。
  だから彼と一緒に走りたいのであれば、オーバーペースだろうがなんだろうがちゃんと交代しないのはイヤだ。次のルディアックで力尽きるかもしれないがそれも良し。今こうやって走ってるのが凄く楽しいから。

  そうは言ってもTinteniacから2時間、疲労は溜まり、前に出るのが困難になってきた。
「日本人デスカー?」えっ?「妻ガ千葉デス」とオーストラリア人。まさかの日本語、まさかの千葉。なんて狭い世界。
  消耗して速度が低下した私を「ウエヲムーイテーアールコーヨ、ナミダガー」と持ちネタらしい歌で励ましてくれる。全くなんてヤツだ。涙は零れ落ちるし、これで力尽きるまで漕ぎ続けなきゃいけなくなったじゃないの。

  Loudeacまで残り20km。いよいよ前に出れなくなった私。これまでずっとツキイチだった赤パンに対し、オーストラリア人が「You can do! You can do!」と激を飛ばす。言葉が通じているのかはわからない。それでも疲れた私に代わり赤パンも先頭交代に加わり、なんとかLoudeacへ。

PC4:Loudeac,449km 14時間45分
  夜明け前にルディアックに着けた。疲れた、面白かったけど、とにかく疲れた。

2015年8月27日木曜日

PBP2015 その3:Aに追いつくB、自分の居場所

  集団から千切れる者も居なくなり、平和な時間が続いていた。スタートから3時間、自分はどこまでこの集団に乗っかっていけるのだろうか?

  この時点で補給ポイントである140kmMortagneに寄る気は全く無くなっていた。オナカは空いていないがちゃんと食べないとこの先走れなくなるため、腹のパンを取り出して口に無理やり詰め水で流し込む。素晴らしく美味しくない。
  120km、下りで速度が上がった集団はLongny-au-Percheの街に突入。減速して直角の左カーブ。そして右カーブ。

  目の前に現れたのは急斜面の長く続く登り。そして何故か、集団の人数が倍くらいになっている??
  Aの第2集団を吸収したのかと思った。先頭は遥か先のほうにいる。これはマズイ、呑気に走っている場合では無かった、全力で追わねば。

  100人超になった集団は登りで速度が落ち、反対車線まで完全に道路を塞いでしまっていた。道の一番左端に出て登りで失速している人を追い抜いていく、しかし先頭には全然届かない。
  標高差50mほどの登りの後、斜度は一旦緩やかになる。前回遅れた時のHITACHIジャージのように、私の他にも一人くらいは後ろから先頭目指して駆け上がる人はいるようだ。ここでは緑ジャージ、かなり強い。1人と2人では全然違う。2人で人の間を縫うように前へ前へ。100mほど下り、そしてまた斜度6%で100mほどの登り…

  この登りで数十人の纏まった集団を捉えた。ここで「この集団で休んで前を追えばいい」なんて考えてしまった。日記その1にも書いたように、このPBP、無理して先頭を追う人はそんなにいない。
  緑ジャージは左から集団を追い抜いて先に進んだのに、私は集団内に入ってしまったばかりに左と前を囲まれて前に出れない。うーん言葉が通じないってこんな時に困る。埒があかないので一旦最後方まで下がってから左に出て追い抜き。くそっ、無駄な時間を使ってしまった。しかし何で誰も追わないの?

  そこから続くアップダウン。前は見えてる、でもここまで脚を使っていて差を詰めるだけの出力が出せない。誰かほんの少しでも前に出て休ませてくれればもう少し速度を上げれるのに、何故誰も交代してくれないのさ。
  7,8kmの孤立奮闘、後ろを振り返ると20人程がついてきている。134km地点、Mortagneまで6km。40人程の先頭集団が先に見え、その後ろに5人。見えていた集団との差が開き始めた。私の実力じゃ先頭集団以上の速度で走れる時間なんて限られている。もう無理だ、もう少し早い段階で追いつかなければダメだった。補給ポイントを前にして無念の脱落。

  後から分かったのだが、この時Bが吸収したのはAの第2集団ではない。Aの先頭集団、PBPの先頭を走る集団だったのだ。
  どうやら今回フランス人を中心とした速い人たちはAではなくBカテゴリを選択し、早い段階でAに追いつき15分のアドバンテージを得ようという作戦だったらしい。120km,3時間半で15分差を詰めたのだから、ここまでの走行速度は7%、2.5km/h程度の差があったと思われる。


http://labs.strava.com/flyby/viewer/#374889859,x4Y2Fg==

三船さんとのFlyby。3:40あたりがBがAに追いついたポイント。

  言い訳一覧。
・登り坂に入ってから、あるいは少し手前で集団先頭はAに追いついたをの知り速度を上げた。(あるいは先頭はもっと前からA集団を目視していたのかもしれない)
・そこそこの斜度、長さの登りで集団が伸びた。街中通過&直角カーブで登り突入前から伸びていたのもある。
・A,もしくはBの登れない人が完全に道を塞いでしまい、最後尾にいた自分はブロックされてしまう形になった。
・一旦2人で追う形になれたのに第2集団内で休もうとしてしまった。そこでまた塞がれてしまった。

  Flybyを見る限り差は詰めれていた。しかもこの後Mortagneからロシア人と2人で回した区間も先頭から離されていない。あと少しが何故届かなかったのだろう。

  自分の調子は悪く、これだけ走れるとは思っていなかった。牛監督なんて余計なものを付けずに防寒具を最小限まで減らして集団についていくのを狙えばよかった。自身を少し過小評価していた。
  そしてこの集団のレベルなら最後尾でどんなに中切れが起きても単独で追いつけるだろうと、自身を過大評価していた。ここで追いつけないようではやはり集団を走る十分な力があるとは言えない。ヒマだから前に出てみようかなーなんて思い上がりも甚だしい。
  残念だけど実力不足だ。追いつくには力が足りなかった。少しに見えるその力の差が大きいんだ。

  ま、正直言って最後まで集団に着いていけるレベルではないのはわかっていたし、そもそも最大に上手くいって449km,Loudeacまでを予定していた。(ドロップバッグからの荷物詰め替えに時間がかかる為)
  ここまで先頭で走れて御の字といえば御の字なんだけど、経験の為にもう少し先頭集団を味わいたかったな。特にPCでの補給が見たかった。

  失意のままMortagne。寄る気は無いのに狭い入口付近で前の2人が停車してこちらも停車を余儀なくされる。「へい」とか「えくすきゅーずみー」とか言ったけど道開けてくれないんだもの。
  折角速度0に落ちたので振り返って牛監督ストラップを締め直し。これで落ちることはないかな。Mortagneを通過、前とはどのくらい離れてしまったんだろう?後ろに人の姿は見えない。第2集団が先頭を追わなかったのはここで補給するつもりだったからなのか。

  Mortagneの先にはサポートカーがたくさん止まっている。サポートありの人はここで補給物資を受け取ったのだろうか。ってMortagneはPCじゃないからサポートダメなんじゃないの?実のところPC以外にも補給車ぽいのが止まっていて、絶対これ個人のサポートだろうってのは何件かあった。

  街を出ると直ぐに前に一人見えた、ここはモガいて追いつく。フレームの三角がプラスチックのようなもので完全に塞がっていて、ロシア国旗のペイントが成されている。ドリンクはサドル後ろに2本つけていた。
  空力的に塞いでるのかなーと思ったら右型に扉のようなものがある、これは物入れなの?フレームにあまりにピッタリフィットしてるのは特注?いろいろ聞いてみたかったが、上手く英語で聞ける自信が無かった。英語話せるようにならないとダメだな、PBPの楽しみが数割減ってしまう。

  会話は無くてもこのロシア人はきっちり先頭交代をしてくれる。15km程一緒に走ると前に3人集団。追いついてロシア人と顔を見合わせ、親指を立ててグッジョブ。これでかなり楽になるぞ。

  しかし3人に対して2人で追いついた速度の違いからか、あるいは作戦か、吸収した3人は全く前を引いてくれない。
  先頭から下がる合図をしてロシア人と交代、後ろに下がるとロシア人と3人の間に一人分、私が入る間が空いている。無視して後ろまで下がってもいいんだけど、これ以上速度を落としたくないのでここに入って2人で回し続けるしかない。全然楽になってないんじゃん。
  こうして170km地点過ぎ、後ろから来た15人程の集団に吸収されてしまった。これだったら2人で走らずにMortagneで後ろを待てばよかったのでは。

  集団に合流直後、何故か全員が停止した。
暗くなってきたので尾灯点灯&反射ベスト着用、それからオシッコタイム。皆に合わせて道脇で私も立ちション、あー走りながらやるじゃなくて良かったよ。

  20人になると走行はかなり楽だ。全員が前に出るわけではなく、先頭を回すのは3,4人。数回先頭が回ってきて疲れたら最後尾、暫く休んでまた先頭へ、という流れとなった。結局前をひいていたのは私とロシアの彼を含めて7,8人だろうか。
  速度は最初の先頭集団からだいぶ落ちる。先頭交代にきちんと加われており、私のレベルではこのくらいの集団が適切なのだろう。暗くなってきた中、千切れた人を吸収していき、PC到着時には30人を超える集団となった。

  PC1:Villaines,221km ここまで6時間23分。先頭集団からは千切れてしまったがタイム的には悪くない。

2015年8月26日水曜日

PBP2015 その2:先頭集団のレベル

  スタートから2時間が過ぎ、15分先スタートのAの小集団をちらほら見かけるようになった。
  5,6人の集団の先頭を女性がひいていてびっくりする。速度差1割くらいってことは34km/hくらいでは走ってるのね。集団は左車線に出て大きく追い抜いていく。抜かれた側も無理についてくるようなことは無い。

  さてここで80時間の先頭集団のレベルと、そこで何が起きているかを挙げてみる。

  ペースはツールドおきなわ市民200km(私が走った時は210kmでは無かった)の序盤普久川ダムまでより少しだけ遅い感じか。200kmじゃなく1200kmだから当然。アタック的な動きもこんな序盤では無い。
  構成しているのはオッサン、しかも40歳の私より年上と思われる人が殆ど。そして皆ふくらはぎが凄え。自分も血管フェチにはそれなりに売りに出せる脚だと思ってるのに見た目だけで負けてる。そんなジジイがゴロゴロいる。なんなんだここは。

  そして驚くべきはその安定感。
元々が速くて実力がある人が無理して走っていないため、落車などとうてい起きそうも無いほど安定している。ホビーレースしか走ったことの無い私にとって今までで一番上手い集団だった。前述の沖縄200kmも、去年走った台湾KOMも、走ってて少し怖いなという動き(というか人)があったのにそれが全然無い。

  もちろんトラブルは多々ある。段差でライトを落とした人は何人かいた。サドルバッグごと外れて落ちたのもあった。が、皆のバランス感覚がいいので何かあって接触が起きても落車には繋がらなさそうなのだ。

  集団内右端をスルスルっと下がってくる人、トラブルかなと見るとオシッコしてる。
  走りながら小便、本当にやるんだ。私はしたことないし上手く出来る自信も無い。(ホースが短いわけではなくてバランス的にだからね)
  この走りながら小便は最初の補給ポイントであるMORTAGNEまでに4回見た。

  他にも印象的だったのは、

・変速の調子が悪くなったようで後方に下がって携帯電話で誰かと連絡をとっていた人
  -やっぱりサポートがついてるんだ

・集団の左に出て走りながらサドルバッグ(オルトリーブ)内の補給食を取り出そうとし、中身を全部ぶちまけてしまった人
  -回収せずにそのまま走り続け、悲しげなオーラが凄く出てた

・街中の信号で一旦停止した際、道の脇に立ちションした人
  -立ちション禁止はもはや有名無実となっているが…流石に街中でやるのはダメだろ

・GPSビーコンをつけた人
  -スタート前に埼玉の面々と「サポートありの人は携帯電話で位置のやり取りしてるのかね?」「最近はGPSで位置情報発信する機材がわりと安価にレンタル出来るから、そういうの使ってる人もいるんじゃないかな」なんて話をしてた。本当に居るとは

  それからこの集団、右側通行なんて全く気にしていない。
この時の風は北西、西に向かう集団に対して右前から風が吹いてきていた。空気抵抗を最大限に減らすには前走者の左後ろにつく。そうして集団は左へと伸びて行くんだけど、中央線をはみ出そうがお構いなし。
  結果集団の半分より後ろは全員左側、対向車線を走ってる状態。(流石に街中は右側を走る、街と街を繋ぐ道の話ね)

  いいの?これ?
しかも後ろから車が来てクラクションを鳴らされても全く意に介せず。結局あの車はどうしたんだろう?小心者の私は集団の右端からはみ出る感じで道路の中央辺りを走った。

  とにかくまあ何もかもが新鮮で、滅茶苦茶楽しかった。
2時間を経過した後、集団の速度が1km/hほど下がる。ちょっとヒマになったきたので前に出てみようかなーなんて頭をよぎったが、後ろで大人しくしていよう。落ちそうな牛監督問題もあるし。

  さてこの先、140km地点にある最初の補給ポイント、MORTAGNEには寄るべきかどうか。
用意したドリンクは2リットル。ここまで100kmでボトル1本ちょっと飲み干している。PC1は221km、無補給で行くのは少し厳しいかもしれない。この集団を逃したくもない。

  周りはよく見えている。必死になって全力で集団についていってる場合は走ることに精一杯で何も見えなくなってしまうが、そういうことは無い。
  先頭に一度も出ていない状態でこの集団が私に適切かどうかは置いといて、走ってはいけないレベルでは無いと思う。走りながらオシッコは出来ないけれど。

2015年8月25日火曜日

PBP2015 その1:初めての80時間集団

  PBP当日。
ホテルロビーで時間を潰し、オダックス埼玉の泉さんと一緒にPBPのスタート地点へ向かった。

  二人ともカテゴリはB。4時15分、三船さんの走る先頭Aからは15分遅れのスタートだ。80時間の部の知り合いはCの上保さん、Eの落合さん。
  各カテゴリの人数は250人ほど。私は真ん中あたり、泉さんは集団には着いて行かないようで後方に並ぶ。

  今回の装備、ダイナパックにゴアカッパ上下、長袖インナー、ビブタイツ、レッグ&アームウォーマーを入れている。
  集団について行くのであればこの量の防寒具は必要ない。ドロップバッグもあるしルディアックに預けるという手もあったが、極度の寒がりの私は寒さで走れなくなることを恐れた。出力が出ているうちはいいけど疲れてヘタったときに防寒具無いのはDNFの危機だから。

  他には羊羹やスポーツバーなどの補給食、水に溶かす粉末ドリンク、それから腹にパン。
  ジャージの中にパンを詰め込むようになったのはいつからか。前回のPBPで腹から出したパンをたけさんに食わせてたっけ。その後SR600等のコンビニに入る必要の無いロングで食料を出来るだけ持つために正式採用された。
  パンは体積はあるものの重量は少ない。ジャージの中がパンパンで恰好は悪くてもあまり違和感無く走れる。但し水分が少ない為、食べるというより水で流し込む作業になる。

  ダイナパックの上には牛のぬいぐるみを輪行用ストラップで括り付けておいた。押すとピューピュー励ましてくれる。これは何だと聞かれたらsupervisorと答えよう。

  周りを見てもこれだけの荷物を持っている人は殆どいない。先頭集団で走ろうとしている人の多くはサポート付きだろうし、荷物が無い人はPCで食事を採る算段だろう。


  PBP80時間の先頭はレースだと言う。
初めて走る私にはそれがどの程度のものかわからない。前回走った近藤さんや黒澤さん、彼らの話を聞くぶんにはそこまで速くは無さそうだ。
  防寒具が多すぎる気もするが、多少の重量増は問題にはならない。たぶんこの集団について行く程度の力はある。

  熱狂の中Aが出発、いよいよBがスタートラインへ。「眠くなったら無理して走るな、寝ろ」とのアナウンス。そしてカウントダウン。


  2015年PBP、開始。

  スタート直後の街中は交通規制されており信号や交差点で停車することは無い。
  後日90時間の部のmovieを見たら先導のバイクは30km/h程度で走っていた。しかしこの80時間の部は違う、スタートしてコーナーを曲がるといきなり40km/h超え。
https://www.strava.com/activities/374889859/analysis/122/326
※stravaのアカウントがあると区間が選択状態になります
  下り基調のスタートから15kmのAveは40.7km/h。確かにレースペースだ。

  通常のブルベと比べるとずっと速いが着いていけない速度ではない。集団のレベル、状況等が良くわかないため一旦最後尾へ。泉さんの姿は見えない。この集団に乗っかっているのは150人程。泉さんも含めた残り100人は最初から見送りを決め込んでたってことか。
  街中の外れで日本人に応援される。多分Hideさん?良くわからなかったけど手を振ってオーと答えた。

  郊外に出ると直ぐにアップダウンが始まる。そしてその度に集団後方では中切れが発生。
  ただ登りは苦手ではないし、ギャップが出来てもすぐに埋められる。集団復帰で多少脚は使うからもう少し前に居たほうがいいかもしれない。
  しかしいきなり出てくる中央分離帯やラウンドアバウト、減速の為の幅寄せブロック等、慣れてないフランスの道で神経を使うのも嫌だったので最後尾でダラダラ過ごす。

  路面状態は、舗装云々ではなく横断歩道手前のかまぼこ型の凹凸が厄介。
  この段差でダイナパックがかなり上下に跳ねる。ストラップで補強してあるとはいえ、かつてSR600で折れたことのあるダイナパック。この速度で凹凸に突っ込んで無事かどうか心配だ。
  手を後ろに回して付け根の部分等を確認すると、牛監督(※注:ぬいぐるみ)がストラップからすっぽ抜けて落ちそうになっているではないか!

  前回2011年ネタ的に巨大フランスパンをリアキャリアにワイヤーロックで固定して出走した際、乾燥したフランスの風を受けてパサパサになったパンをワイヤーが切り刻んでいき「オマエのパン落ちそうだぞ」と注意を受けた記憶が蘇る。
  しかも今回は80時間のマジ集団。何の役にも立たない牛のぬいぐるみを集団内に落としてしまったら確実に顰蹙モノ。後ろ手でゴソゴソストラップを調整しながら最後尾。もうこれ前に上がるのやめたほうがいいかもしれない。余計なもの付けてきてしまったもんだ。

  さて集団は中切れを繰り返しながら徐々にコンパクトに。
遅れることは無さそうと安心していたら60km地点の登りでは集団先頭から大きく離れてしまう。

  このPBP序盤、マスドレースと圧倒的に違うのは「先頭集団から千切れても別に構わない」と考えている人が多数だということ。
  マスドは集団から遅れたら終わりだ。だから皆死にもの狂いで協力し合って追う。しかし1200km走るPBPでは無駄に脚を使ってまで先頭に居残りたい人は少ない。ついていけるところまで集団を利用し、千切れたらマイペースもしくは小集団で走る、多くがそんななのだろう。
  長く伸びて間が空いてしまった集団。数人を連結させても誰も回さないから千切れている人々を抜き一人で追うのみ。協力者なんて居やしない…

  いやこの時は居た。登りの後の平地で前方に見える集団の速度が上がり、これはマズイかと焦りが出た瞬間後ろから飛び出してきたのは黄色のHITACHIジャージ。
  やった、流石世界の日立!何故日立ジャージ?2人で回してあっという間に集団復帰。日立の彼はかなり力がありそうで、そのまま集団前方まで行ってしまった。後方は中切れ危険と判断しての移動か。私は定位置の最後尾へ。

  集団は60人程度まで減り、これを境に中切れも無くなり暫く安定する。
  スタートから2時間で77km。Aveは38km/h弱。なるほど、80時間の部のPCオープンは参考タイムで早く着いても問題ないとのことであったが、これなら通常BRMの35km/hオープン制限は上回りそうだ。

  干し草が積まれた広大な大地を通る道。アップダウンの度に目の前60人の背中がTVの映像のように瞳に映る。
  色とりどりのジャージ、様々な国籍のレーサー、そしてここはフランス。ただのサイクリング趣味のオッサンはまるでツールドフランスでも走っているかのような錯覚を与えられた。

  なんだ、来て良かったじゃないか。

PBP2015 PBPに賭ける想い

  ブルベで速く走るのは好きではない、いややっぱり好きだ。
うーん、なんだかわからない。なんだかわからないけどモヤモヤしている。この感じはなんなんだろう?

  ブルベを速く走るモヤモヤって、タイムがどうとか、一番時計だとか、そういう風に見られてしまうからのように思う。
  交通ルールを守って安全に走るのであればどう走ろうと自由だ。速く走りたければ走ればいい。でも「トップでゴールした」なんてのは参加者の多くがそんなことに興味が無い以上何の意味もない。
  いや、人から見られるだけじゃなくて自分自身そんなものを意識してしまうのがイヤだ。草レースを少しカジって速くないのをイヤと言うほど味わってるからこそ、競わない人と競いたく無かった。

  タイムを意識してしまうと妨げるもの -信号や道路工事の一方通行、ゆっくりとした動作のコンビニのオバチャンなど- をストレスに感じてしまう自分も嫌いだった。

  速さを競うならレースでやればいい。でも日本にはブルベほどの長距離を走るレースは無い。
  その結果、RAAM(Race Across AMerica:アメリカ大陸横断レース)のような海外の長距離レースに行きつくのは自然な流れだったし、資格獲得のためのRAW(Race Across the West:RAAMの前半1400kmを走るレース)を走ってみてシックリくるものを感じた。


  話をPBPに戻す。

  当初の予定は、来年のRAAM資格獲得の為に今年のRAWを完走。
そして今回のPBPで好タイムを残してRAAMを走れる実力があることをアピールし、スポンサーやクルーを集めるという計画であった。

  私には実績が全くない。BRM600kmを24時間以内に走った記録も無い。
もちろん実力が無いので実績が無いわけだが、それでも24時間だったら集中していれば眠くならない時間であるし、速度低下を考えてもグロス25km/hは下回らないと思う。
  「思うって、一回もやってねーじゃん。オマエは甘いんだよ」埼玉の泉さんや白木さんにはよく言われた。


  多くの人の援助を受けて6/16に参加したRAW。まさかのというか、実力通りの展開というか、わずか270kmでリタイア。熱中症から意識を失い落車。そのまま救急車で病院へ。

  病名は熱中症による脱水&横紋筋融解症。体の筋肉が壊死して血管に流れ出してしまう状態だった。幸いにも後遺症は無く2日で意識も戻って退院。が、退院時にはベッドから腹筋で起き上がることができないくらい弱っていた。
  帰国3週間後あたりから徐々に自転車に乗り始める。4週間後の血液検査では完全に正常値に戻ったものの、疲れやすくて直ぐに寝落ちしてしまう状態が続いていた。
  それに出力が2割くらい低下している。軽くヒネれたはず?のよっしーに坂で着いて行くこともできなかった。

  「そんな状態でPBPに出る意味あるの?航空券とか支払っちゃってるけど、世の中には損切りという言葉がある」、と妻。
  後1ヶ月あるし、やれるとこまでやるしかない。出発1週間前には出力は1割減くらいにまで戻った。が疲労も溜まっていたため最後の調整に予定していた前週のSR600はDNS。
  疲労ですぐ寝てしまうのは相変わらず。どのくらい走れるのか全く見当がつかない。

  600km以上のブルベを速く走ったことは無いけど、それ以上の距離経験はそれなりにある。24時間は連続して走れる、3時間程度寝れば翌日も走れる。これから想像するに多分調子が良ければ51時間くらいで走れるのではないか。
  目標は48時間。それから、日本人トップ。

  ブルベで誰かより速かったかどうかなんてホントはどうでもいい。来年のRAAM挑戦も頓挫し、速く走って実績をという計画も崩れた。
  それでもPBPはロングライド派に速さを説明するには絶好の機会だし、「最速」って単純な肩書きが今後の活動に必要であると思う。自分が速くないのがわかっているからこそ、ね。

  どうやら前回同様元プロの三船さんも参加するようで、ただのサイクリング好きなアマチュアが挑むのなんて無謀というより、おこがましいか。
  結果を考えると気が重い。成功しそうに無いから。3回目の参加となるPBP、こんなに楽しみで無いのは始めてだ。

2015年8月24日月曜日

PBP2015 PBPって幾らかかるの?

4年に1度のブルベの祭典、Paris-Brest-Paris。
今回は直前にアメリカでのイベントもあったことから、出来る限り節約して低予算で行くことを心掛けました。

■スケジュール
8/14 12:00 成田発 モスクワ経由
8/14 20:50 パリ着
8/14 空港近くのホテル泊
8/15 自走でサンカンタンに移動、受付
8/15 埼玉の人たちと同じホテル泊
8/16 16:15 PBPスタート
| PBP間の荷物は仲間で部屋をシェア
8/20 懇親会
8/20 ホテル泊
8/21 自走で空港に移動
8/21 11:45 CDG発 モスクワ経由
8/22 10:35 成田着

■費用
機材はいつもと同じ物を使っています。
出発前にリアの尾灯破損で新品を購入しましたが、これを含めた装備は料金には含めず。(AJジャージ代等も)
輪行もペラペラ輪行袋に行きはダンボールで保護。
現地ではFree WiFi以外の通信手段は使っていません。

航空券(アエロフロート):97000円
海外旅行保険:3380円
ドロップバッグ:5000円
懇親会:7700円
成田までの電車代:3840円 x2(往復)
成田での食事&酒:2000円
モスクワでの飲み代:2170ルーブル
8/14ホテル:3980円
8/15ホテル:110.7ユーロ (食べてないのに朝食付き)
8/20ホテル:100.8ユーロ
PBP中のホテルシェア:31ユーロ
8/15朝食(走りながらパン購入):5ユーロ
8/15昼食:14ユーロ
8/15夕食:14ユーロ
8/15カルフールで補給食:22.36ユーロ
8/16パン屋で補給食:10ユーロ
8/16昼食:10ユーロ
PBP最中の食事&仮眠所:75ユーロ
8/20カルフールでアルコール、土産:21.85ユーロ
8/21空港でドリンク&菓子:8ユーロ
懇親会会場へのタクシー:16ユーロ

計:191940円
※1ユーロ = 139.23円, 1ルーブル = 1.77円 で計算。

まあワリと倹約できたんじゃないかなと思います。
PBP期間はカルフールで買った補給食(主にパン)を所持&ドロップバッグに入れ、870km地点まで一切買い物せず。
15,20のホテル代がネット早期割引無しの正規価格でかなり高かったのがねえ。
あとは懇親会を除いたアルコール代で7,8000円かかっているのが削ろうと思えば削れるところ。

あー大事なエントリーフィを忘れてました。
エントリーフィ:115ユーロ
メダル,バッテリー,ジャージ:65ユーロ

バッテリーやジャージは装備と言えないこともないけど、これを含めて

計:217000円
20万超えてる…

本気で削ろうとしたらアルコール代、懇親会、8/20にホテル宿泊せずにそのまま帰国、バッテリーやジャージを購入しない、これで18万円くらいかな。
PBP行くのは50万くらいかかるという情報が多かったため、貧乏旅行だとこのくらいには収まるよとまとめてみました。

2015年8月11日火曜日

PBP2011のPC滞在時間


補給 Mortagne-au-Perche 20分  補給
PC01 Villaines-la-Juhel 1時間50分 軽食,仮眠
PC02 Fougeres  1時間30分 食事
PC03 Tinteniac  20分  補給
秘密 Quedillac  50分  軽食,仮眠
PC04 Loudeac   1時間  食事
仮眠 St-Nicolas-du-pelem 4時間  軽食,睡眠
PC05 Carhaix   2時間  食事,仮眠
PC06 Brest   1時間10分 食事
PC07 Carhaix   30分  食事
PC08 Loudeac   4時間5分  食事,睡眠
秘密 Illifaut  30分  仮眠
補給 Quedillac  1時間5分  軽食,仮眠
PC09 Tinteniac  10分  通過
PC10 Fougeres  1時間40分 食事,仮眠
PC11 Villaines-la-Juhel 1時間20分 軽食
PC12 Mortagne-au-Perche 50分  軽食,仮眠
PC13 Dreux   1時間30分 軽食,仮眠

PC滞在時間合計 24時間40分
この他に1回レストランに寄って食事
サバイバルシートに包まって芝生で寝たのが1回、道端で立ち止まって(立ったまま)寝たのは無数

通過:トイレ,水汲む
補給:ドリンクや補給食を購入
軽食:パンなどの軽食をテーブルで食べる
食事:用意された食事処(学食みたいなもの)でしっかり食べる
仮眠:椅子や床で仮眠
睡眠:マットレス、簡易ベッドの仮眠施設で仮眠&シャワー

 前回はこのくらいPCに滞在していました。
それまでの旅の疲れでとにかくスタート直後から眠く、PC以外でも仮眠を繰り返しながら時間ギリギリ使っての走行となっています。
 眠気が無かったら簡易ベッドのあるPCでもう少し長い時間寝たほうが楽だったと思います。

・PC通過時に補給食を買ってパン等の軽食をほおばる -> 30分
・食事をとる -> 1時間ちょっと

くらい見ておけばいいですかねえ。
PBPの日記はこちらから。(上のPBP2011タブのうちPBP期間日記へのリンク)