2015年9月17日木曜日

PBP2015 その11:冷たい床、温かいオバチャン

  FougeresのPCを出て暫くは単独走。
タンデムに乗り換えた直後は「これグロス25km/hくらで帰れるんじゃない?」と思ったのだけれど、疲れは溜まってるわ、お尻は痛いわでそんなはずも無く。2,3人の集団に何度か抜かれるも着いて行く気も起きずに超ダラダラ。

  それでも10人程の集団が来た時はこれを逃してはいけないと後ろにくっつきコバンザメ。だってほら、タンデムでローテーションに加わるの危ないし~
  ああ平和だ。このままこの集団に乗っかってダラダラとゴールしよう。やっぱり4年前より牛増えてるよなあ、前回はバイオ燃料用のトウモロコシ畑がもっとあった気がする。やっぱモロコシよりウシだね、ああ平和だ。

  ところが登り坂で、大人しくしてればいいのにまた飛び出してしまう。先行している一人に追いつき二人でローテーション。
  「次のPCまであと何キロ?」とオッサン。GPSを見ると、えーとあと30kmくらいですかね、30km!そんなに2人で頑張らないと行けないの?ああ失敗したなあ、集団の後ろでヌクヌクと走りたかった。
  「No Slipstream!」と何故か怒られたりしながら(ソロタンデムだからね)このオッサンと2人旅。しかしこの人登り速いんだよね、ついていくの疲れるんだよ。

  PCまで残り5kmくらいの森の中で千切れて、いや牛の写真を撮りたくて停止して、一人Villainesへ。
  ここ、復路は往路とは違う街かと思うくらいの盛り上がり。PC前の道は観客で一杯、4年前もそうだったな、あまりの歓迎っぷりにビックリしたっけ。軽食を買って休憩。このPCは多分今回唯一のFreeWiFi接続ポイントで、現状とゴール予定時刻をTweet。今晩どこかで寝て、明日の15時くらいに到着かな。

  時刻は20時、暗くなるまであと1時間ほどある。まだ眠くないし、ここで仮眠してしまったら残りは220km、明日の夕方ゴールするには夜明け前から走り始めなければならない。明け方は寒くて今の風邪引き状態で走りたくない。
  ここの仮眠所は使わず次のMortagneまで行こう。あれ、Mortagneって寝る場所あったっけな?前回椅子で寝たのは短時間だったからかな?

  サドル先端をケツに突き刺す作戦はもう限界で、今度はサドルをかなり低くしてケツを左右に動かして痛い所をずらす作戦をとることにした。あと90km走れば寝れるし、そしたら尻の痛みも少し回復するだろうからなんとかゴールまでは持つだろう。
  道の脇で応援する観客とハイタッチをしながらVillainesを後にする。直ぐに日は落ち、暗闇と共に耐えがたい眠気がやってきた。Loudeacでしっかり寝たから大丈夫なんて考えてたのは甘くて、とにかく眠くて走れない。停車しては仮眠、停車しては仮眠、こうなるとブルベはキツい…

  そういえば前回もVillainesで埼玉チームと合流し、暗闇の中みんなでMortagneを目指したなあ。
  ギリギリ隊は後ろから無理に追い抜こうとする人がフラフラしていて怖かった。今回は草むらで寝ている人は見かけるが、フラフラ走っている人は居ない。
  前回と同じ場所、同じ夜といっても時間は24時間違い。やはりこのくらいのタイムで走る人は睡眠的にも無理をしておらず危なくなさそうだ。

  周りは安全そうとはいってもソロタンデム、車体の長さに気づかずに後ろから突っ込まれるのは不安だ。予定していた通り、夜は集団走行は控えるべきだろう。
  道端で仮眠して、後ろから来た数人のテールライトを見ながら少し離れた所を走るうちに遅れていき、道端で仮眠して、の繰り返し。数分眼を閉じればもう少し眠気は回復してもいいはずなんだけど、やはり体調がイマイチなのか。Loudeacで「寝ずに先に進む」という選択肢を選ばなくてよかった、この調子だとかなり危なかった。

  暗闇の中続く延々と続くアップダウン、代わり映えの無い景色、ああ、前回もPBPのコースはツマラナイってここで強く感じたんだ。コースの単調さも確かにあるけど、あれは夜中に眠気を感じながら走ってたからだろうな。
  ようやく目に入るMortagneの灯り。やった、これで朝までゆっくり寝れる。仮眠所は、やっぱり無いのね、まずは食事して床で寝よう。

  7時間は寝るからアルコール飲んでもいいよね、シードルが美味しそう、これいってしまえ。

  あ、そうそう、寝る前にもう一度風邪薬を貰っておこう。入口近くのFirstAidと書かれた張り紙の先へ。「風邪引いたんだけど薬無い?」やはりここでも英語は通じないか…
  しかし私には前回の処方がある、ブルベカードに書かれた謎の文字は多分薬、これを見せれば、ってやっぱりダメ。

  「薬、薬は…」奥のほうから私と同じくらいたどたどしい英語の女性が現れ、「ここに薬は無い、ここにいるのは医者だけだ」
  えっ?意味がわからない、ここの医者は薬無しで治すの?周りを見るとどうも外科メインっぽくて、風邪薬は無いってことなのかな。

  諦めて外に出ようとすると、何故か引き止められた。
コントロールのオジサンオバサンに何か話しかけている。どうやら個人的に風邪薬を持っていないか聞いてくれているようだ。
  「車の中にあるわ!」(多分そう言ってたはず)とブルベカードサイン係のオバチャン。この椅子に座って待ってて、取ってくるから。
  テーブルの向こうのコントロール係の席に座らされ、ブルベカードを手にチェックを求める参加者から「何故オマエがそこに座ってるんだ?」と怪訝な目を向けられながらオバチャンを待つ。
  ああ来た来た。なんですかこのプレイは、恥ずかしかったですよ。

  「ありがとうありがとう、サンキュー、メルシーボクー」感謝を伝えて薬を頂き、数人が仮眠している食堂の隅へ。
  横になって寝たんだけどやっぱり床は冷える。明け方に寒さで目が覚めてしまった後は、椅子を横に並べてとか、普通に座って机に顔を突っ伏してとか、気持ちよくない方法で浅い睡眠を繰り返すことになった。

  ドイツチームのカメラマン激写。こんな格好で寝たっけ?

  Villainesの仮眠所で寝ればもっとしっかり体を回復できただろうし、結果的にMortagneまで走ったのは失敗だったかな。

2015年9月15日火曜日

PBP2015 その10:合わないサドルは合わない

  Tinteniacまでは束の間の楽しい一時だった。
PCに入る前からちょっとした違和感と、これは恐らく大事になるだろうという予感が頭の中を巡っていた。

  「サドルが合わない」

  自転車に乗り始めてまず最初に悩むのは、大抵オシリの痛みだと思う。
  でも距離を乘って、自分なりのポジションや、段差で腰を浮かすことや、ペダルやハンドルへの重量の分散が出来てくるとそこまで重要な問題では無くなってくる。
  確かに合うサドルは合う。今使ってるSMPはクッション皆無でもヘンな漕ぎ方をしなければ相当な距離に耐えられる。でもまあ、450kmくらいならどんなサドルでも大丈夫じゃないかな。そうタカをくくっていた。

  それがわずか100kmもしないうちにこの違和感。これは想定外だ。
  まずパイロットが鎌野妻で、女性用サドルというのが良くない。しかもメーカーはスペシャライズド。ここは骨盤の広さでサドルの広さを合わせるべきと言っており(スペシャのサドルはあまり好きでは無いが)私が一番合うのは最も細身のサドル。しかしこれは女性用で超幅広だ。合うわけが無い。

  幅はともかく、穴あきの穴の位置が悪い。この穴のエッジと座骨とに挟まれケツの皮は悲鳴を上げる。
  大抵こういうサドルは、超後ろ乗りすればこの座骨で皮と肉を挟む問題からは解消される、でケツを思いっきり後ろに移動、するとこの幅が広すぎる問題にぶち当たってうまく漕げない。同じことが痛い。

  困った、どこに座ってもダメなサドルというのも久しぶりかもしれん。後ろの鎌野夫のサドルと交換したほうがいいかもと見ると、これもスペシャだ、しかも幅広のヤツだ…
  更にサドルバッグがシートポストとサドルレールで固定するタイプのもので、下手にサドルを交換してしっかり取り付けられなくなるとヤだなあと思った。あくまでこれは運搬任務。出来る限り現状維持のまま遂行したい。

  それでそのままTinteniacを出たんだけど、やっぱりもうダメ。ケツの皮が擦れてしまった。
  擦れた場合は透明な体液が出て、これがレーパンにくっついてまた痛いの。対応はキズパワーパッドを貼ること、もしくは傷から殺菌が入らないように抗生物質入り軟膏を塗ること。

  でサドルバッグを開けたら、中にはMY救急セット何も無し。ああ、自転車交換した時に置いてきてしまったのね。
  サドルの位置を調整しておきながら何故交換しなかったんだというのが一番の大ポカだが、救急セットを置いてきてしまったのもマズい。折角薬持ってきてて困った時には手元に無しかよ。

  さっきまであんなに楽しかったのに、サドル換えなかったせいで頭の中ケツで一杯。
  他人と走るのなんてとても無理で、何度かの停車の後、抜本的な改革を施すことにした。そう、このサドルの穴を埋めてしまえばいい。

  周りを見回して適度にフカフカして形を変えれるものを探す。キラーン。

  腹に入っていたパン登場。

  鎌野さんゴメンなさい、でも流石にこのままは詰めないです。
買い物袋に入れ、それごと穴に詰めて袋のビニールでサドルを覆い、上からビニールテープで巻いて、これで穴無しサドルの完成だー。ってビニールテープも無いの?これも預けてきちゃったの?
  もうちょっといろいろ考えてさあ、持ち物移し替えてから出発しようよ。アホすぎるだろう、せめてパンをグルグル巻くもの、紐のようなものがあれば、ハッ、監督代行を止めている輪行用ストラップが。

  んーこれはもしかして、パンではなくて監督を穴に詰めればいいのでは?

  じゃじゃーん。天才すぎる。これで穴エッジのダメージは無し。


  …なわきゃありませんでした。
サドルと監督では固さが違いすぎる。座ったら簡単に潰れきってしまってサドルベースの感覚はしっかりと尻に。恐らくパンでも同じ。

  それにこの牛、握るとピューピュー鳴くので、ケツを動かす度にピューピューと五月蠅い可哀想ったらありゃしない。
  前回のPBPでカウベル熊鈴をチリンチリン鳴らしっぱなしで集団内で怒られた日本人の話を思い出した。ロングライドは疲れてくると小さなことがストレスになる、この牛のピューピューも他人が聞いたら殺意が芽生えるレベル。

  素晴らしいアイデアかと思った監督下敷き作戦はたった数百mで終了。
  結局どうしたかというと、サドルを思いっきり高くして先端部分にケツを突き刺す感じで乘ることに決定。これだと座骨で挟んでる部分は痛くないからね。でもこんな乗り方は明らかに100km持たない。別の場所が痛くなったらまたその時に考えよう。

  ケツ突き刺し作戦で痛みは多少治まり(というかロキソニン飲んだんだっけ)、次のPC、Fougeres。

  PCを出て町の人の歓声を受けながら、「やっぱソロタンデムは声援の大きさが違うぜ」なんて手を振っていたらミスコースしてた。声援じゃなくて「そっちは違うー」って叫んでたのか。恥ずかしがりつつ引き返し。

  4年前や8年前のことって結構覚えてるもんだな。
この電柱は佐藤夫妻が寄り掛かって寝てたな、とか、

  この人たちの少し先ではガレージにマットを敷いて仮眠所提供してくれてたのに今回は無いのか、とか

  鳥みたいな形をした木が4年前と変わらず残ってる!とか

  いろいろ思い出しながら走ってた。
PBPのコース、単調でつまんないなんて良く言われるけどそんな事無いんじゃないかな。

  あ、4年前と違っていたこと。たぶん牛が増えてる。
  しかもこの謎柄のガラのワルそうな牛が増えてる。
こいつら遺伝的に強いのかもしれん、そんなのヤだー。

※下4枚はPBP2011の写真

2015年9月4日金曜日

PBP2015 その9:ソロタンデム乗りの名にかけて

  鎌野家タンデムに乘ってまず感じたのがQファクター(左右ペダル間の距離)の広さ。普段一杯まで狭くしている私にとってかなりの違和感。
 それからハンドル幅、もしかして420なのかな?これも広い気がする。タンデムはコントロール性の問題からか少し広めのハンドル幅がいいなんて話を聞いた事があり私も最初広めにしたんだけど、慣れてるほうが良くって戻した。クランク長の違いは気にならないかな。

 ハンドル幅がどうのよりも、ハンドル位置が全然違うためポジションも全然異なる。しかし思ってた程乗りにくく無い。いやこのタンデム、合ってないポジションを差し引いてもウチのタンデムより乗り易いかもしれない。
 違いは重量。タンデムに一人で乘る場合、ロードに荷物積んでリアをどんどん重くしていった時のようなダルさを感じる。自分の左右への動きとリアホイールの動きが一致せずワンテンポ遅れるからだが、この感じがウチのタンデムより少ない。んーこのタンデムいいなあ。

 気を付けないといけないのはブレーキ。普段と異なりこの自転車は左前。リアに殆ど加重がかかっていないため、ロードと同じ感覚でリアブレーキをかけるとロックしてタイヤが滑る。というかソロタンデムではリアはほぼ使わずにフロント頼り。ロードよりずっと前後を意識せねばならないので、左右が逆だと少し戸惑った。
 ルディアックを出て暫くは自転車に慣れるようにいろいろ試しながら走る。手を放したり、あ、ゴール前のラウンドアバウトを手を振りながら何周もしないといけないからね、ダンシングしたり。うん、まあ問題無いかな。体調もかなり回復していて、喉の痛みはあるものの鼻水垂れ流しでは無くなったし、頭痛も無い。

 カメラを構えた人の乗るバンが並んできた。あ、もしかしてこれオフィシャルの報道?「どうして一人で乘ってるの?」といった質問を受けるが、英語で話すのはホントにダメで全然答えられない。たどたどしく単語を繋いで、あーもういいや「説明難しいから日本語でいい?」(←これも日本語)そして有無を言わさず日本語で状況説明。
 もうちょっと英語で受け答えが出来るようにしておけばよかった。次に聞かれた時の為に頭の中で英文を用意。「リタイアした友達がタンデムは大きいので電車で運べなくて困っており、互いの自転車を交換して、私が彼らの自転車に乗ってパリまで、友達は私の自転車を持って電車で移動」うーんこんな感じでいいかな。簡単な英語でなんとか伝えられるか。一生懸命考えたのに、その後公式のインタビューを受けることは無かった…

 脚はほんと良く回る。ルディアックから20km、小さな町を通過した際に追い抜いた黒いジャージの人がついてきた。交わす言葉は無くともここからはこの人と一緒に走る。タンデムの後ろは空力的にあんまりメリットないでしょ、悪いね。
 何人かを抜くがこちらに混ざることはなくそのまま2人で1時間。と、後ろから9人の集団が来た。国籍はバラバラ、2列縦隊で9人全員がきちんとローテーションしてる。PBPでこういった統制がとれた小集団を見るのは珍しい、というか初めてかも。追い抜いた際に加わろうとする人がいると、きちんと回すように促してくる。これは速く、そして楽に走れそうだ。

 後ろにつき、皆と同じように先頭に上がっていくと集団内から笑い声が。まあそうだよな、いきなりタンデムが加わってくるし、乗ってるの一人だし。
 2周ほどすると集団を仕切っていると思われる陽気なピンクのスペイン人から「OK,OK」うーん回さなくていいよってことかな。私が加わって一人の労力が10/11になる利益は一台大きさの違う自転車が入るリスクに見合わないものなあ。私の後ろの人は「なんでオレタンデムの後ろよ…」って不満だろうし。
 ローテーションから外れて最後尾固定へ。参加したい気持ちはあるんだけどね、まあ後ろで楽させて貰いますね。

 Medreacを抜け、次のPC、Tinteniacまではあと15km。長めに続く上り坂にこれまで統制がとれていた集団が突如崩壊。ピンクのスペイン人が率先してブチ壊しているようで、残りあと少しだし暇つぶしにアタック入ってる?

 そういうことならと後ろから一気に加速。安全なタンデムお届け便が第一任務ではあるが、日本有数のソロタンデム乗りの名にかけて、こんな所で遅れを取るわけにはいかん!
 先頭を走るスペイン人に並ぶも「何故タンデムに並ばれてんだ」と悔しんだのか再加速。うー離されてしまう、少し届かないか…
 そこへ後ろから来たのは黒ジャージ、この集団に混ざる前に一緒に走ってた人だ。彼の後ろにつきピンクを追い上げ、そして抜く。ピンクは諦めたのか「アレアレー」の声援。そしてそのまま黒ジャージと一緒に登りのピークへ。

 「You are very strong」と黒ジャージ。ベリーストロング来たー。今回は「Thank you」と有り難く賛辞を受け取る。「後ろはどうしたんだ?」「友達がリタイアして」そんな会話をしながらTinteniacへ。
 台湾からの参加者に会い「馬さん知り合いなんだけど知ってる?」「馬拉妹?」「そうそう」

 今回のPBPは失敗に終わったようなものだ。そう考えていたルディアック。
それが一転してこんなに楽しいPBPになるとは。あー来て良かった。

2015年9月2日水曜日

PBP2015 その8:世界にはばたけソロタンデム

「あれ?鎌野さん、どうしたんですか?」
「あーリタイアしました」

  聞けば奥さんの胃の調子が悪くなって走れなくなってしまったそう。
  このPBP日本人リタイア原因第3位(想像)が胃腸問題。過去にそれで走れなくなった人を何人も見ている。
  今回私が最後まで走り続けるのを諦めたのも5%くらいは胃のせいだ。普段と環境の異なる海外でのロングライドは想像以上に胃に負担がかかる。

  鎌野家は大量の日本食持参という力技で相当な準備をしてたがダメだったようだ。日本食だけの問題ではなくコンビニが無い中走り続けるのは勝手が違うし、気候も違う。それに胃のダメージは強度に依存するところがあって、もしかしたら周りの熱気にやられて、それから貯金を少しでも得る為に、少し頑張り過ぎてしまったのかもしれない。

  奥さんは今はひとまず落ち着いてはいるようだ。
そして鎌野さんが困っていたのはタンデム。このデカいタンデムをどうやってサンカンタンに運ぶかという問題。
  TGVは自転車はOKでもタンデムはダメだと明記されている。分割出来るタンデムのため小さくすることは出来るが、専用のケース無しでダンボールや袋に突っ込んでの輪行だと結合部分の金具を痛めてしまう可能性があり、そうなるとフレームがダメになってしまう。と鎌野さん。

  海外で奥さんの調子が悪いだけでも大事なのに、タンデム運搬を考えないといけないなんて吐き気がするほど大変だ。国内ですら疲れて走れなくなった中、分割出来ない我が家のタンデムをその辺に捨てて帰ろうと思ったことが何度もある。

「乗っていきましょうか?」
軽い気持ちで聞いてみた。冗談とまでは行かないが、賛同されるとは思っていなかった。

少しの間、そして
「zucchaさんがいいのならソリューションとしてはアリかも…」

  えっ?まさかの好反応。
私は全然問題無いよ、一人でタンデムに乗るのは多分日本で一番慣れているし、ソロタンデムでPBPを走りたいなとも思っていた
  速く走ることを諦めて後はダラダラと走るツマラナイ帰路を想像していた中、こんな面白そうなイベントは無い。でも鎌野さんは大切なタンデムを私に任せてしまって本当にいいのだろうか?

  冷静に考えてみよう。この自転車は超高級品だ、何かあったら…
いや高級かどうかは関係無いか、人の自転車を無事にパリまで乗って帰る、それが私に出来るか?

・完走しても認定されない
  途中でホイール交換あたりなら確実に認められる。フレーム交換も多分大丈夫だ。しかしロードからタンデムに乗り換えるというのはアリなのだろうか?
  2人乗りになったらカテゴリーが違ってしまうからマズイかもしれないが、これは自転車を交換しただけ、大丈夫だろう。有利になることは何一つ無いし、フランス人そんなケツの穴小さくない(というか杜撰で気にしない)。仮に認定出なかったとしても別に構わないしね、私のPBP2015は失敗に終わったようなものだから。

・車にはねられる等の大きな事故に遭う
  最も考えたくないパターン。しかし自転車が全損になってしまえば保険が出る。海外の業者と時間をかけてやり取りし、フルオーダーで作った自転車を単なるお金で弁償していいかどうかという問題はあるが、まあこれを深く考えるのはヤメよう。

・睡眠不足でフラフラと走って前走者や路肩に突っ込む
  さっき8時間寝て起きたところ、睡眠はしっかりとれている。タンデムでの速度低下を考えても今晩どこかのPCでもう一泊するくらいの時間的余裕はある。これは問題無し。

・睡眠不足でフラフラと走っている後続に突っ込まれる
  一番気を付けなければいけないのはこれだ。自転車乗りは前走者の背中で距離感を掴むため、後ろに人がいないソロタンデムだと横から突っ込まれる可能性がある。出来る限り危なっかしい人には近づかないこと、それから後ろに人をつかせないこと。
  ただこの時間にルディアックにいるというのは相当走れる人で、眠くてフラフラは少ないはず。死ぬ気でタイムを狙う位置でもなく、一番安全な時間帯かもしれない。夜中に走るのを避ければ貰い事故の確率は低いのではないか。

・途中でリタイアする
  リタイアしてタンデム運べないのでタンデム運送業者にお願いしたら業者もリタイアした。「アナタたち一体何がしたかったの?」こんな大失態は避けたい。ここまでの780kmで体の痛みは出ていない。心配なのは風邪の症状だが、この先頑張って走るつもりも無いし大丈夫だろう。

・ポジションの違いで体を痛める
  上のリタイアに関連。鎌野家タンデムのパイロットは奥さん「のんのん」。私とは20cm程の身長差がある。サドル高だけ合わせた自転車で体に障害が起きないか?
  久々にママチャリに乗って近所のスーパーに行ったら膝を痛めた、そんな人はあまりいない。それは近所のスーパーまで行くことが取るに足らない強度だからだ。
  私にとって「残り450kmを走ることは近所のスーパーに行くことと同じレベル」であればこれは取るに足らない問題である。いや、なんかそんな風に言うとカッコ良さそうだから言ったみたけど、流石に近所のスーパーとは違うだろう…


  速く走るということは、恐らくこのBlogを読んでる多くのサイクリストが想像してる以上に体に負担がかかる。目標を「安全に完走する」に切り替えた場合、自転車がタンデムだとか、ポジョションが全然合ってないだとか、味わう予定だった辛さと比べたらそんなものは些細な問題に過ぎない。だいたいRAAM走りたいなんて言ってる人がこの程度走れないでどうするよ。

  ほんの少しの逡巡の後、「私は全然問題ないよ、鎌野さんは本当にいいの?」もう一度聞いてみた。

  奥さんの体調不良、準備万端で挑んだPBPのリタイア、そしてタンデム運搬という頭を悩ます問題。きっと鎌野さんは正常な判断が出来なくなっていたんだと思う。タンデムを私に託し、代わりに私の自転車を輪行してサンカンタンを目指すことで合意した。

  自転車をホテルに取りに行っている間、ゆりかさんと出会う。彼女もここ往路ルディアックでリタイア、旦那が一人で走っているとのこと。

  「鎌野家のタンデムで帰る事になったよ」なんて話してると戻ってきた。奥さんも一緒だ。体調は大丈夫?

  ペダルとボトルを交換、空にしたサドルバッグに防寒着を詰めた。
  ブラケットが異なったため自分のGPSをビニールテープでハンドルに固定し、シートポストを上げてサドルを後退させ、ストーカー(後ろの席)に牛監督を括り付ける。お前、代行のクセに出世したなあ。

  交換したのはこれだけ。薬や工具を自分の自転車と一緒に預けてしまい後で後悔することになる。
  Di2のバッテリー交換や尾灯の説明を受けて出発。ハンドル位置がキツイが、まあ少し乗れば慣れるでしょ。


ゆりかさん撮影

  泥船に乗ったつもりで任せとけ!なにせこちとらタンデム運搬のプロだからな。
明日の夕方、サンカンタンで。

2015年9月1日火曜日

PBP2015 その7:英語の通じないエイド、ぬるいシャワー、そして睡眠

  ドロップバッグ場所に日本人は1,2人しかいなかった。往路の人ともう少し会うかなと期待してたんだけどこの時間だと多くが通過してしまってるか。
  「明け方は凄く冷えるよ、気を付けて」とステファニーさん。復路の自分は風邪を引いてしまって朝まで寝るつもりだと告げ、美味しくないパスタと肉を食べた後、医務室へと向かう。

  「風邪ひきました。頭と喉が痛くて鼻水止まりません。薬無いですか?」「????」
  まさか、I have a cold.も通じない?きゃっちあこーるどよ、風邪よ。誰か英語出来る人いないか尋ねると、首を振ってイナイネーの表情。え-?

  4年前も8年前も、フランスは英語通じないと聞いていたのに公共の場所では問題なく使えた。ここはボランティアでその辺の人がやってるだけだろうからダメなのかな。コントロールのスタンプ押すオバチャンも大抵話せないものね。
  戸惑っているとオジサンは一枚のラミネートされた紙を取り出した。症状の英語-フランス語対応表だ!これを見ながら、I am sick.I have a headache.I feel cold.を指さす。鼻水と喉の痛みはそれっぽいのが無かったのでジェスチャーだ。
  飲んでる薬は無い?喘息持ち?のYES,NOチェックを受けた後に座って待っていると、謎のシュワシュワする薬が浮いてるコップを持ってきてくれた。「これ飲めばいいの?」「溶けるまで待て?」身振り手振りで会話してゴクリ。
  ブルベカードに診断を書かれておしまい。ホントにこれ風邪薬だったのかなあ?

  このままゴールまで走るのを諦めたからには睡眠、しかしその前にこの体の寒気をなんとかしたい。幸いにもここルディアックには有料のシャワーがある。3ユーロを受付のオジサンに支払うと1m程度のペーパータオルが渡された。これで体を拭けということらしい。
  PBPのシャワーでペーパータオル使用というのは前回参加でわかっていたことなんだけど、前のSaint Nicolasの時は着替えルームにデカイペーパータオル巻き巻きが置いてあって好きなだけ使えた。まず紙で体を拭く文化は無いし、1m弱というのは量が圧倒的に足りないのではないか。トイレットペーパーでオシリを拭くのですらその位贅沢に使う人もいそうだ。

  ドロップバッグ内に入れてあったタオルを取りに戻るのも面倒でインナーで拭けばいいやとシャワールームに入る。
  天井からチョロチョロと出る水圧の低いシャワー。ここまでは予想通り。が、お湯にしてはあまりに冷たい。そもそも体を洗いたいわけではなくて温まりたいから入ったシャワーなのにこのままでは更に風邪引いてしまう。早々に切り上げ(やはりこの量のペーパータオルは何の使い物にもならなかった)、持ってきた服を着込む。
  半袖インナー、長袖インナー、半袖ジャージ、そしてオダックス埼玉の真冬用長袖ジャージ。下はレッグウォーマーにパッド無しタイツ。更には耳当て付きキャップまで。防寒着は完璧、仮眠室はそんなに暖かく無いからね。

  時刻は23時、仮眠待ちは20人くらい。せめて屋内に入れてくれればいいのに寒い外で待たされる。沢山着込んでるから問題無いか。この時間寝ている人の殆どが90時間往路なはず。彼らはそろそろ起きて出発する時間だろうから20人待ちといっても直ぐに空くだろう。日本からの参加者も数人出てきた。この時間にここで寝てて入れ違った知り合いも多かったのかもしれない。
  15分ほどで順番が回ってきて体育館内部へ。4ユーロ支払い、起こしてもらいたい時刻を告げる。マット番号が書かれた紙を時刻が書かれたコルクボードに貼りつけていくのは前回と同じスタイル。23時半~翌1時に紙が集中している中、ポツンと離れて7時に1枚。この時間から90時間往路がそんなに寝てたらタイムアウトだから、私と同じく復路か84時間カテゴリーか。

  負けてられじ?と起床時刻は9時と告げる。10時間あれはその前に自分で目覚めるのでは無いか。
  体育館に敷き詰められた簡易ベッドとマット。私はマットに案内され、薄いシーツを羽織ってオヤスミ。あっという間に眠りに落ちた。

  朝までグッスリというわけにはいかず、2時間ほどでトイレに起きる。丁度到着していた泉さん、「なんだよ、序盤飛ばしてたらあのまま行けるかなと思ったら案の定ここで終わりかよ」
  はいすみません。泉さん60時間切り目標と言ってたけどこれかなりいいペースなんじゃないの?このままゴールしたら52時間くらい?流石に寝ずに走るのは無理とのことでここで2,3時間仮眠する模様。

  そういえばこの時間にここでしいちゃんと会ったっけ。他の埼玉組とは一緒に走っていないようだった。
  ベテランのカワチさんも言っていたけど、ギリギリ隊が連結してパックになったら楽に走れるかというと決してそんなことは無く、各自の睡眠パターンが合わず余計に厳しくなってしまうことも多々ある。特に日本人はオダックス的な「集団で足並みを揃えて走るプレイ」を普段からしてるわけでは無いから尚更だ。
  妻と一緒にギリギリを走るのはかなりキツいからね。余力があるほうが合わせてこれなんだから、まあ私が特にムラがあって人と合わせるのが苦手というのもあるけど、「一緒になっている間だけ協力する」くらいが私も好みだ。
  話は戻って埼玉の他の皆は元気なのかな。適度にくっついたり離れたりして走ってるんだろう。

  悪寒と鼻水はかなり治まっている、こんな時間に起きちゃったしこのまま走ろうかなとも思うが、悪寒じゃなくて単純に寒い。もうやる気もすっかり無くなっているのでそそくさとマットに逆戻り。
  起こされる前の7時過ぎに目覚めてまたトイレ。朝の冷え込みは激しい、持ってて良かった埼玉長袖。んー今回はグッスリ寝れたな、8時間寝れれば十分かも。空も明るくなってきてるし出発するか。受付に起床時刻前だけどもう出るよと告げて外へ。

  あと450km。気分は完全に敗戦処理。
コースが特に面白いわけでもないし、ダラダラ走って引き返すだけ。はあ、つまんないPBPになっちゃったな。

  自転車置き場には呆然とたたずむ鎌野さん。あれ?こんな時間に何してるの?

「運命の出会い」
次回、物語は急展開を迎える。