2016年7月5日火曜日

2015RAWその10: 救急搬送、砂漠を走るということ

  序盤の最高標高は1280m。数字だけ見るとたいしたことない峠からの下り。
  太平洋からの風で比較的冷しいカリフォルニア南部の海岸部、一山超えると気候がガラっと変わると言われていたその光景を目の当たりにした。

もはや草木が無い

  グラスエレベーターと称されるこの下りの平均斜度は7%、踏めばおそらくかなりの速度が出るだろう。
  怖いのはひび割れた路面、それから砂漠から吹き上げる風。砂漠で温められた空気が強烈な上昇気流となり遮蔽物の無い峠に襲い掛かるのだろうか、その風はまるで台風。

  最近のブルベ、1200kmもBAJ2400kmも、海外のPBPでも、コースプロフィールの詳細など特に確認することは無かった。最高気温、最低気温、それから降水確率。それで装備を決めてあとはその場で走るだけ。登りだろうが下りだろうが一定出力で漕げばよく、事前になにか予習しておく必要はあまり感じない。予約したいホテルが山頂にでもない限り、途中のアップダウンでそれほど到着時間は変わらないし。
  このRAWのコースもインプットされている事前情報は「最初の1区間は結構登りが多い、その後下ったら砂漠で暑い。最後はまた登りでちょっと寒いかもしれない」程度のものだ。探せばすぐに入手できただろう、この下りが強風吹き荒れて危険だなんて情報は持ってるはずもなく、フロント90mm&リアディスクホイールを選択してきてしまった。

  参加者の多くはディープリムやディスクのTTバイクを持ってきている。
  どうせ砂漠に入ってホイール交換するなら、そこまでのアップダウンで若干時間を失おうとも交換にかかる時間ほどではない。そう考えてのスタートからディスクホイール装備、しかし私の他に超ディープの参加者はいなかった。もしかしてこの下りの暴風を考えてのロープロ選択だったのか。

  突風で吹っ飛ばされそうになりながら自分の選択を後悔する。しかしここはもうこれで行くしかない。ハンドルを握りしめ風に逆らい路面の割れ目に集中する。
  崖側にガードレールは無く、落車=大惨事だ。70km/hを超えたあたりで自重しブレーキをかけた。それでも60km/hは出ていただろうに、先ほど登りで抜いたチーム参加の女性ライダーが颯爽と追い抜いていく。全く、この速度で女性に抜かれるなんて。

  緊張した下り、あまりキョロキョロする余裕は無くともその眺めは圧巻だった。
  峠から見る景色はどこも美しい。海外を走って最初に感動したのは2007年PBPついでのガリビエ峠、日本より森林限界の低いフランスアルプスからの眺めは広大でそのスケールに圧倒された。

見渡す限り砂

  …広大、確かにこれは広大な眺めだ。しかし美しいと言えるのだろうか。これが砂漠か、本当に何も無い。

  いや何かあるな。
一面の砂の中に小さくポツンと見えるのは麓の街、Borrego Springs。モーテルやレストランが数件並ぶだけの小さな街。下り切ってここを通過、快適だった30℃台とお別れ。

クルーも大変である

  砂漠と聞いてイメージするようなサハラ砂漠の砂丘とは違う。腰の高さほどのブッシュは生えている。ただ木陰は全く無い、そもそも木が無い。建物も無い。照り付ける日差しから逃れる術はサポートカーのみ。

何もない

  海抜-69m、塩湖であるソルトン湖までゆるやかな下りが一直線に50km続く。北海道ブルベでも100km先まで直線という道を走った、あの時は何もないと思った。でも風力発電の風車や、湿地に生える草木、公衆トイレなど少しの変化はあった。ここには何も無い。どこまで行っても同じ景色しか見えない。

ああ、多少のアップダウンはあったっけ

  暑い、この時点で45℃。
「ドライヤーのような熱風が」日本の夏ブルベ記事でもそんな表現を見ることがある。でもこれは「ような」じゃない、乾燥して熱いドライヤーの熱風そのものだ。顔にドライヤーを当てられて走り続ける。「気温は高いけど湿度は低いから日本ほど不快じゃないよ」そんな風に言ってた奴は誰だ。

  それに日光。日差しの強さは暑いを通り越して痛い。前述のように日陰は無く昼は常にこの光線にヤられる。暴力的だとすら思った。

  湿度が低く止めどなく流れる汗は直ぐに乾いていく。冷却の為頭にかけた水も直ぐに乾く。気化で熱を奪ってくれているはずだがそれは全然体感できない。砂漠に入りサポートカーの停車可能場所は増え、補給は安定して行えるようになった。体にかける水の割合が多いため粉末スポーツドリンクを使うことな無く、クルーへのドリンクオーダーは全て水になった。
  喉が痛む。乾燥して乾いているのか、熱い空気にさらされるからか、時折巻き上がる砂の影響か。ボトルの水を流し込む。

たまらずサポートカーで休憩

  停止して車内に入るとふくらはぎ、太腿はおろか、腹筋まで攣った。

  思わず口から出た言葉は「砂漠舐めてた」
今回RAWを走るにあたって基準となったのはブルベやサイクリング。100km超のPC間をノンストップで走るそれと比べたらサポートカー付きだなんてまるで五つ星ホテルじゃないか。砂漠は暑いんだろうけどサポートカーがいる。いざとなったら車で涼めるし水や氷もすぐ手に入る。寒いのは苦手でも暑いのは強いしね。

  40℃超の気温を経験したこともない状態で、よく暑いのは好きだなんて言えたものだなあと呆れてしまう。車での休憩もそうだ、確かに少し涼むことは出来るけど、オマエは暑い日中ずっと車で休んでるつもりだったのか。砂漠の中を出来る限り走り続ける、そういった準備が足りなかった。

  あとは知識不足。砂漠に入り水をガブガブ飲んでいる。ナトリウムが必要なことはなんとなくは知っており背中ポケットに塩分タブレットを入れていたが、水分に対しどれだけの量が必要なのか、不足したらどうなるのか、そんなことを全くわかっていなかった。結果この時点で低ナトリウム血症の症状が現れ始めている。熱中症の初期症状か平衡感覚がやや失われ、真っ直ぐ走れていない。(本人はそんなこと感じていない)
  これで「長距離はそこそこ経験ある」なんて思い上がりも甚だしい。全てにおいてド素人もいいところだ。

  走行時の速度は25km/h、出力は100W程度しか出ていない。それでも「少しでも止まらず前に進み続ければゴールに近づく」というブルベの道理を信じて漕ぎ続けた。もう楽しさなんて微塵も無い。
  5000kmを超えるレースは他にもある。12日という制限時間は私のようなアマチュアサイクリストにも手の届きそうな位置だ。そんなRAAMが「The World’s Toughest Bicycle Race」と銘打つ理由が少しわかった気がする。スタートからたった200kmで。

空は赤みを帯びだす

  日が落ち始めた。これで気温は現実的な値にまで下がる。私自身も、クルーの皆もそう安心した。しかし体内のナトリウム濃度は更に低下しており、喉の渇きを感じなくなるまでに重症化していた。

ダイレクトサポート開始

  意識は朦朧としている。気が付けば日は完全に暮れ、辺りは真っ暗になっていた。
  TS2:Brawleyに到着は21時、砂漠に入ってからここまで50kmに3時間近くかかっている。ガソリンスタンドで給油の際に車内で休憩、アイスを食べたことは覚えている。

  物を考えるのは言語ベースだと思っていた。妻が言っていることはどうにかわかる、それに対して伝えたいこともある。でもそれをどう言っていいのかよくわからない、言葉が口から出てこない。なんで日本語がわからないのだろう。ガソリンスタンドを出て先に進んだらしいが、この後のことはもう全く覚えていない。

  「GPSが表示されなくなった」そう言ったらしい。車を止めてクルーが確認したが表示は問題無い。「ちゃんと表示されてるよ」
  街を出て砂漠に入ってからもう一度大休憩、ここで私は「ゴメン」と繰り返していたようだ。もしかしたら体調的に完走が厳しいことがわかったのかもしれない。不甲斐ない自分の走りと結果を皆に謝っていたのか。

  再出発して間もなく、自転車上で意識を失い路肩のブッシュに突っ込む。

倒れたのが対向車線側でなくて良かった

  全身を痙攣させた後ピタっと止まったのを見て「死んだかと思った」、冨永さんは後日回復した私に冗談交じりでそう語った。

  救急車を呼び、病院へ搬送。

引き返しブロウリーの病院へ

  RAAMクオリファイ獲得の小手調べ、楽に完走できるつもりでいたRAW。半年の準備で挑んだその挑戦はスタートから11時間、わずか266kmで終わる。

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