2016年7月8日金曜日

2015RAWその11: 気がつけば I see you.

  目が覚めた。自分がどこに居るのか、何をしているのかわからなかった。
  妻がベッドの横の椅子に座り突っ伏して寝ている。暫くそれを見た後、尋ねた。

  「ここどこ?」
ああ思い出した、アメリカまで来て自転車レースに参加していたんだっけ。RAWはどうなったんだろう。

  妻から走行中に気を失って倒れたこと、引き返して病院に運ばれたこと、そしてなんと驚くことにレース開始からまる2日が経過していることを聞く。

  そうか、ここ病院なのか。じゃあレースはダメだったんだな。
  頭も体もうまく動かない。腕や太腿には点滴の注射針が刺さっており、尿道にはカテーテルが差し込まれていた。頭が回らないことが幸いしてか悔しさはあまり感じなかった。

ERで治療を受けた後に移された

  えっ、レース開始から2日経ってるって?その間意識無かったのか?

  どうやらここに運ばれて間もなく意識は戻った。しかし精神に障害が出ており妻を認識することは無く
・手足の点滴を外せと暴れる
・レースの続きを走らなきゃと走りに行こうとする
の2択を繰り返していたらしい。

  妻は「もしこのまま戻らないんだったら暴れるより走らなきゃって言ってるほうがいいな」まで覚悟していたようだ。

医師の話を通訳してくれる立川さん

  クルーの皆がやってきた。「あ、戻ったの?」と喜んでくれている。
  当の本人は目が覚めた直後からか、薬の影響か、いまいちまだ状況が掴めず皆が周りにいて嬉しくてニコニコしている。

  帰国後もこの2日間の話はクルーとあまりしていない。妻が病院に残り他のメンバーは近くのモーテルに泊まったようだ。病院に運ばれ命はとりとめたのはいいが妻の事もわからない、ここがどこなのかも認識していない。正常になるまでの2日間は気が気で無かっただろう。Ⅲ度熱中症の致死率は30%。調べて渡米を後悔した、と冨永さんは言う。
  まさか自分が妻のことを認識しなくなるなんてあるはずないと思ってた、看病してる妻にしてみれば酷い話だ。

  医師がやってきて、意識もしっかりしてきたしと一般病棟に移ることになった。

言葉の通じない宇宙人に捕まってしまって暴れてた記憶がうっすらとある

  ベッドから体を起こそうとするも起き上がれない。立川さんの通訳によると「体の筋肉がダメージを受けている」とのこと。
  実は帰国後に診断書を見て知ったのだが、私の病名は熱中症&横紋筋融解症。骨格筋が壊死して血液に流れ出てしまう病気で脱水により引き起こされた。

  回復は順調で一般病棟で一晩過ごし、翌日には退院、帰国となった。


  一方その頃日本では。

  スタート直後は快調にトップ付近を走っていた私、その後砂漠に入ってからの失速は「暑さにやられている模様」とクルーの呟きで知る。
  暫く停車していたがまた走り出した、夜になって元気が出たか?それにしても速すぎるうえに逆走してないこれ?

  クルーからの情報が一切入らなくなったtwitterはいろいろな推測が飛び交っていた。「少し前にR124の選手が止まっていた場所に来た。ここは病院だから車で病院に運ばれたのだろう」

R124アンドリューの奥さんは私の妻を慰めてくれた

  凄いドンピシャ。

  病院に行ったとしてもクルーの呟きが一切無いのはどういうことだ?
  「応援しているけど僕は走りたい側の人間だからクルーは出来ない」洒落たコメントと現金でサポートしてくれた橘さんを始め、最悪の事態を想像した友人たち。@raam_japanのアカウントで山名さんが日本から情報を配信してくれていたが、その山名さんも詳細を知るはずも無く、2日後に回復するまで大変な心配をさせてしまった。蓑田さんは「自分は楽観的だった」と言っていたけど。
  骨折等の外傷ならともかく、意識障害が出ている状況じゃクルーも何も言えんよね…


  ブルベでは比較的安全に振って走れていると思う。
  海外だから、エクストリームなレースだから、フラフラしながらの危険な走行が許される?
  もちろんそんな訳は無い。突っ込んだのが植え込みだったからただの自爆で済んだ、これが対向車とぶつかっていたらドライバーに迷惑どころじゃ済まない。走りきる力、準備、撤退の判断、全てが足りていなかった。

  もし許されるならもう一度あのクソみたいな砂漠に挑み、それを超えたいと思った。

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